私のキャリアのスタートは、製造現場の最前線でした。以来、20年。射出成形の現場で、生産技術、工程設計、品質管理、そしてトラブル対応の最前線で、文字通り「手」を動かし続けてきました。
20年という月日は、私に多くのことを教えてくれました。 職人の指先が覚えている絶妙な力加減。金型のわずかな音の違いで察知する不具合の予兆。
しかし、同時に私は、現場の「職人芸」が、時として経営の「足かせ」になってしまう現実も、嫌というほど見てきました。
- 「あのベテランがいなければ、このラインは動かない」
- 「技術は教えるものではなく、盗むものだ」
- 「うちは特殊だから、マニュアルなんて作れない」
自らの20年の現場知見を、客観的な「経営の数字」へと変換する手法として考えたのが、本連載のテーマである「ユニバーサル工程設計」です。
ユニバーサル工程設計とは、能力や経験、言語を問わず、誰もが初日から「プロの仕事」ができる現場をデザインする技術です。
本連載(全10回)では、私が20年の現場経験で見てきた「事実」と、そこから導き出した「即戦力の解決策」を、包み隠さずお伝えします。
「現場を、誰にとっても、最高のパフォーマンスが出せる場所に変える」
現場の「当たり前」を疑うことから始めましょう。
1. 2026年、製造業が直面している「静かなる崩壊」
現在、日本の製造業、特に地方の中堅・中小企業の現場で起きているのは、単なる「採用難」ではありません。それは、これまで日本のものづくりを支えてきた「暗黙知の継承モデル」の完全な崩壊です。かつて、現場には「背中を見て覚える」若手がいました。3年、5年という月日をかけて、職人の絶妙な感覚を盗み、自らの血肉とする文化がありました。しかし、今、あなたの工場の門を叩くのは誰でしょうか。言語の壁がある外国人労働者、短期間でのキャリアアップを望むZ世代、あるいは定年を過ぎてなお現場を支える高齢者です。
彼らに「阿吽の呼吸」を求めても、結果は目に見えています。不良の山、設備の破損、そして「自分には無理だ」という早期離職。経営者は「いい人が来ない」と嘆きますが、問題は「人」ではなく「現場の設計図」にあります。
2.「ユニバーサル工程設計」というパラダイムシフト
ここで私が提唱する「ユニバーサル工程設計」とは、単なる作業の簡素化ではありません。それは、「人の能力、言語、経験、身体的特徴に関わらず、誰もが初日から標準的な品質とスピードを実現できる状態を、エンジニアリングによって作り出すこと」です。バリアフリーが「足の不自由な人のためだけのもの」ではなく、ベビーカーを押す人や重い荷物を持つ人にとっても便利であるように、ユニバーサル工程設計は、新人のためだけのものではありません。ベテランにとっても「楽に、正確に」動ける現場は、疲労を軽減し、集中力の欠如による事故を防ぎます。
3.射出成形現場に見る「職人依存」の弊害
私の専門である射出成形を例に挙げましょう。金型の取り付け、条件出し、周辺機器の設定。これらすべてが「●●さんの勘」で行われている現場がどれほど多いことか。- 「音を聞けばわかる」
- 「樹脂の匂いで材質がわかる」
- 「ネジを締める手応えで判断する」
4.採用戦略としての「ユニバーサル化」
多くの経営者は「採用」と「現場改善」を切り離して考えがちです。しかし、ユニバーサル工程設計が完了した現場は、それ自体が「最強の採用武器」になります。「うちは難しいから、経験者じゃないと無理だ」と言う会社と、「うちはユニバーサル設計を導入しているから、未経験でも30分でプロと同じ仕事ができる」と言う会社。求職者はどちらを選ぶでしょうか。 今の時代、現場のハードルを下げることは、労働市場における「入り口」を広げることと直結します。現場をユニバーサル化することは、高額な求人広告を出すよりも、はるかに高いROI(投資対効果)を生むのです。
5.経営者が持つべき「投資」の視点
最後に、現場の治具ひとつ、デジタルツールの導入ひとつを「コスト」と考えていませんか? ユニバーサル工程設計への投資は、損益計算書(PL)における「経費」ではなく、貸借対照表(BS)における「企業価値の構築」です。現場から「迷い」をなくし、「ミス」を物理的に不可能にし、誰でも「戦力」に変える。この仕組みが完成したとき、あなたの会社は人手不足という外部環境に左右されない、強固な収益体質を手に入れることができます。 第2回からは、具体的にどのようにして「職人芸」を解体し、誰でもできる「仕組み」へと再構築していくのか。その具体的なメソッドを公開していきます。

