「対策の理屈は分かった。だが、うちのような規模の会社で本当にできるのか」——人手不足対策の意思決定を前に、経営者が最後に求めるのは理論ではなく実例です。
私は船井総合研究所の製造業コンサルタントとして、数十名〜数百名規模の中小製造業の現場支援に携わってきました。本記事では、その支援経験に基づき、人手不足を乗り越えつつある中小製造業の実例を「着手前の状態→打ち手→成果→再現のポイント」の統一フォーマットで紹介します(守秘義務の観点から、事例は業種・規模のみを示す形で紹介します)。
事例を読む上で大切な視点を先に言います。学ぶべきは「何をやったか」ではなく「どの順番でやったか」です。人手不足対策の全体像と着手順序の理論は「製造業の人材不足の全体像と対策」をご覧ください。

【図解1】5事例に共通する時系列パターン
事例1:見える化から始めた金属加工業(従業員50名規模)
着手前の状態
慢性的な残業と休日出勤。求人を出しても応募がなく、中堅社員に業務が集中。「忙しすぎて改善する暇がない」が口癖の現場でした。
打ち手
最初の一手は投資ではなく紙日報のデジタル化でした。タブレット入力に置き換え、工程別の工数と設備停止時間(チョコ停含む)を見える化。データを分析すると、段取り替えと停止対応で相当な時間が失われていることが判明し、段取り改善と治具の標準化に集中的に取り組みました。
成果
設備投資ほぼゼロで残業を大幅に削減。生まれた時間を若手教育に振り向けたことで、それまで続いていた早期離職が止まりました。
再現のポイント
「忙しいから改善できない」は逆で、「改善しないから忙しい」。この会社の転機は、感覚論を捨てて数字で現場を見た瞬間でした。見える化の具体的な進め方は「工場の小規模DXによる省人化」で解説しています。
事例2:技能のデジタル化で継承問題を解決した部品メーカー(従業員100名規模)
着手前の状態
主力工程の加工条件・検査の勘所が、数年後に定年を控えるベテラン数名に集中。「あの人が辞めたら作れない製品がある」という状態でした。
打ち手
継承対象を「頻度×影響度」で絞り込み、スマホ動画による作業記録→手順書化→加工条件のデータベース化を1年がかりで実施。ベテランには「教える人」としての役割と処遇を再設計し、若手の育成プログラムに組み込みました。
成果
若手が一人前になるまでの期間が大幅に短縮。「ベテランがいないと回らない工場」から「仕組みで回る工場」へ転換し、結果として若手を安心して採用・配属できる体制になりました。
再現のポイント
技能継承は「人から人へ」ではなく「人からデータへ、データから人へ」。完璧なマニュアルを目指さず「7割の再現性」を先に確保したことが、頓挫しなかった最大の理由です。詳細な手順は「技能継承と属人化解消」へ。
事例3:原価見える化→価格転嫁→賃上げを実現した樹脂成形業(従業員80名規模)
着手前の状態
材料費・エネルギー費の高騰で利益率が悪化。「賃上げしたいが原資がない」状態で、地域の賃金相場に置いていかれ、応募ゼロが続いていました。
打ち手
製品別原価の算出(労務費・経費の配賦まで)に着手。すると売上上位の主力製品の一部が実質赤字であることが判明しました。この原価データを根拠資料として、主要取引先と価格改定交渉を実施。国の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」も交渉の後ろ盾になりました。
成果
価格改定と赤字受注の是正で利益体質が改善。生まれた原資で初任給と現場手当を引き上げ、地域の採用市場で優位に立ち、数年ぶりに新卒採用が復活しました。
再現のポイント
賃上げは「決意」ではなく「原価管理」から生まれる。人手不足の解決策が人事施策ではなく原価管理にあった——この事例は、親記事第8章で解説した「賃上げ原資の好循環」の実例です。
出典:内閣官房・公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html)
事例4:小規模DX×多能工化で少人数運営を実現した食品製造業(従業員60名規模)
着手前の状態
ライン作業者の欠員が出るたびに生産計画が崩れ、シフト調整に管理職の時間が奪われる。パート比率が高く、繁閑差への対応が限界に達していました。
打ち手
工程ごとの人時生産性を測定し、ボトルネック工程1つに絞って半自動化設備を導入(省力化系補助金を活用して投資負担を圧縮)。並行してスキルマップに基づく多能工化を進め、1人2〜3工程を担当できる体制を計画的に構築しました。
成果
欠員が出てもラインが止まらない体制が実現。シフト調整に費やしていた管理工数も減り、採用難を前提とした「少人数で回る工場」への転換に成功しています。
再現のポイント
省人化投資は「全体」ではなくボトルネックに集中投下する。そして設備と多能工化は片方だけでは機能しません。設備が「量」を、多能工化が「変動対応力」を担うという役割分担が肝です。多能工化の実務は「多能工化の進め方」、補助金活用は「省力化投資補助金・ものづくり補助金の活用」へ。
出典:中小企業省力化投資補助金 事務局公式サイト(https://shoryokuka.smrj.go.jp/)
事例5:採用ブランディングで高校新卒採用を復活させた機械加工業(従業員40名規模)
着手前の状態
3Kイメージと知名度不足で高卒採用が長年途絶。求人票を出しても「そもそも見られていない」状態でした。
打ち手
2年計画で、①工場の徹底的な5S・見学ルート整備、②若手社員が登場する採用動画とSNS発信、③地元工業高校への出前授業とインターン受け入れ、を継続。重要なのは、この会社が同時に教育体制(動画手順書)と工程の見える化も進めていたことです。
成果
見学に来た高校生と教員が目にしたのは、整理された現場・動画で学べる教育・タブレットで管理された工程でした。結果、途絶えていた高校新卒の応募が復活し、毎年の定期採用サイクルを取り戻しました。
再現のポイント
採用ブランディングは「見せ方」1割、「中身づくり」9割。発信の前に、見せられる現場と育てられる仕組みを作ったことが成功の本質です。詳細は「3Kイメージの払拭と採用ブランディング」、「製造業の若者離れの原因と若手採用戦略」へ。
5事例に共通する3つの法則
タイプの異なる5つの事例を並べると、成功企業に共通するパターンが浮かび上がります。

【図解2】成功企業に共通する3法則
法則①:最初の一手が「見える化」だった
5社とも、最初の投資は設備でも採用でもなく、工数・原価・スキル・停止時間のいずれかの見える化でした。数字が見えて初めて、打ち手の優先順位と投資対効果が判断できるようになります。
法則②:経営者自身がプロジェクトオーナーだった
担当者への丸投げで成功した事例は、私の知る限り1つもありません。5社とも経営者が月次で数字を見て、意思決定し続けたことが推進力でした。
法則③:単発施策ではなく、3階層を連動させていた
省人化で生まれた利益と時間を、定着(教育・処遇)と採用(発信・賃上げ)に再投資する——採用・定着・省人化の3階層が1つの資金・時間の循環としてつながっていました。1つの施策の成果を次の施策の原資にする設計こそが、中小企業の勝ち筋です。
失敗事例にも学ぶ——同じ施策で失敗した会社との分岐点
公平を期すために、同じ施策で失敗した会社も見てきたことをお伝えします。分岐点は明確です。
● 同じ「日報デジタル化」で失敗した会社:データを取ったが誰も見なかった。→分岐点は週次でデータを見る会議体の有無
● 同じ「動画手順書」で失敗した会社:撮影を完璧にやろうとして1年経っても完成しなかった。→分岐点は「7割で運用開始」できたか
● 同じ「採用動画」で失敗した会社:現場の5Sや教育体制が伴わず、見学で幻滅された。→分岐点は中身が先か、見せ方が先か
● 同じ「設備投資」で失敗した会社:ムダ取り前に自動化し、投資回収が想定の倍かかった。→分岐点は見える化→ムダ取り→自動化の順序を守ったか
つまり失敗の原因は施策の選択ミスではなく、ほぼすべて順序と運用の設計ミスです。
自社に当てはめる——着手順序決定の考え方
最後に、自社の一手を決めるための簡易フローを示します。

【図解3】着手順序決定フロー
● 「何にどれだけ時間が使われているか答えられない」→見える化から(事例1型)
● 「特定の人しかできない仕事がある」→技能のデジタル化から(事例2型)
● 「賃上げの原資がない」→製品別原価の算出から(事例3型)
● 「欠員でラインが止まる」→多能工化+ボトルネック自動化から(事例4型)
● 「応募がそもそも来ない」→まず中身(5S・教育)を整えてから発信へ(事例5型)
より精緻な自己診断には、親記事の20項目チェックリストをご活用ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 成果が出るまでの期間はどれくらいでしたか?
A. 見える化・ムダ取り系は3〜6ヶ月、技能継承・多能工化は6ヶ月〜1年、採用ブランディングは1〜3年が実感値です。即効性の異なる施策を並行させる「時間軸のポートフォリオ」で計画することが重要です。
Q2. 従業員20〜30名の会社でも再現できますか?
A. できます。むしろ小規模なほど意思決定が速く、全社への浸透が早いため、立ち上がりは速い傾向があります。ただし推進役を専任にできないため、兼任で回せる軽い設計(スモールスタート)が絶対条件です。
Q3. 外部の支援は必要ですか?
A. 必須ではありません。ただ、失敗事例の多くは「社内だけで進めて、順序と運用設計を誤った」ケースです。少なくとも初期の診断とテーマ選定の段階で外部の目を入れると、遠回りを避けられます。
まとめ
● 事例から学ぶべきは「何をやったか」ではなく「どの順番でやったか」
● 成功企業の共通法則は、①最初の一手は見える化、②経営者がオーナー、③採用・定着・省人化の3階層を連動
● 同じ施策でも失敗する会社との分岐点は、順序と運用(会議体・7割運用開始)の設計にある
● 自社の一手は、症状(ムダ・属人化・原資不足・欠員・応募ゼロ)から逆引きで決める
理論の全体像は「製造業の人材不足の全体像と対策」をご覧ください。
【主催・お問い合わせ】
株式会社船井総合研究所では、中堅・中小製造業の経営者・幹部が集う「スマートファクトリー経営研究会」を定期開催しています。他社の成功事例を学び、自社のDX・原価管理を推進したい方は、ぜひ無料体験例会や経営相談へお気軽にお申し込みください。
参考文献・出典一覧
● 内閣官房・公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html
● 中小企業省力化投資補助金 事務局公式サイト




