印刷・紙器業のIoT活用ガイド——ヤレ紙の削減・版替え段取りの短縮・工程滞留の可視化
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・メインKW:印刷業 IoT
・サブKW:印刷 稼働管理/ヤレ紙 削減/版替え 段取り 短縮/印刷 原価管理/紙器 生産管理
・titleタグ案:印刷・紙器業のIoT活用ガイド|ヤレ紙削減と段取り短縮の実践|製造業・工場DX経営オンライン
・meta description案:印刷・紙器業に特化した工場IoTの活用法を解説。ヤレ紙(損紙)の発生要因の可視化と削減、版替え・色替え段取りの分解計測、印刷から加工・製本までの工程滞留の把握、案件別採算の管理まで、印刷会社を支援してきた船井総研のコンサルタントが実践手順をまとめました。
・想定読者:オフセット印刷・紙器製造・パッケージ印刷を営む中堅・中小企業の経営者・工場長
・内部リンク:ピラー記事/子記事⑤見える化/⑦レトロフィット/⑨進め方/③費用/業種別:木工・板金溶接
「1件あたりのロットが半分になり、段取り回数だけが増えている」——印刷業の経営者から、最も多く聞く悩みです。
デジタル化により印刷需要そのものが変化し、多品種小ロット・短納期の傾向は年々強まっています。その結果、印刷機が実際に紙を刷っている時間の比率は下がり、版替えや色合わせといった準備の時間が相対的に増えています。
そしてもうひとつ、印刷業には固有の大きなコスト要因があります。ヤレ紙(損紙)です。色合わせの調整刷り、見当合わせ、立ち上げ時の不安定な刷り——これらで消費される用紙は、そのまま原価になります。用紙代が原価の中心を占める印刷業において、このロスは利益を直接削ります。
しかし、多くの印刷会社で、段取り時間もヤレ紙数も、正確には測られていません。「だいたい30分」「まあこのくらい出る」——感覚的な認識のまま、日々の生産が続いています。
本記事では、中堅・中小の印刷・紙器業を支援してきた船井総合研究所の製造業コンサルタントが、この業種に特化したIoT活用法を解説します。ヤレ紙の削減、版替え段取りの短縮、工程滞留の可視化、そして案件別採算の管理まで——印刷工場の現場で機能する内容に絞ってお伝えします。
工場IoTの全体像は、ピラー記事「工場IoTとは?完全ガイド」をあわせてご覧ください。
印刷・紙器業の構造的特徴——なぜIoTが効くのか
この業種が抱える構造を整理します(図1)。

▲図1:印刷・紙器業の構造的特徴とIoTの効きどころ
特徴①:版替え・色替えが頻繁
印刷業の生産性を最も大きく左右するのが、段取りです。版の交換、インキの色替えと洗浄、用紙の交換、そして見当合わせと色合わせ——。
ロットが小さくなるほど、この段取りの比率は高まります。かつて1回の段取りで数万部を刷っていたものが、いまは数千部、あるいは数百部——という案件が増えています。
そして、段取り時間には大きなバラつきがあります。色の組み合わせ、用紙の種類、担当者——これらによって、所要時間は変わります。このバラつきを測ることが、改善の出発点です。
特徴②:用紙が原価の中心
印刷物の原価において、用紙代は大きな比率を占めます。そして、投入した用紙のすべてが製品になるわけではありません。
色合わせのための調整刷り、見当を合わせるための試し刷り、立ち上げ時の不安定な刷り、汚れやキズによる不良、断裁時のロス——これらがヤレ紙として消費されます。
ヤレ率が1%改善すれば、用紙代は1%下がります。年間の用紙代が1億円の会社なら、年間100万円の効果です。しかし、そのヤレ率が測られていなければ、改善の余地も見えません。
特徴③:色管理が技能に依存する
色合わせは、印刷業における最も技能を要する作業のひとつです。目標の色に近づけるため、インキの供給量を調整し、試し刷りを繰り返す——この判断には経験が必要です。
そして、この作業には時間がかかります。担当者によって所要時間も、消費するヤレ紙の量も異なります。
過去の条件データ(用紙、インキ、印刷条件、そして結果)を蓄積し、参照できるようにすることで、この試行錯誤は減らせます。
特徴④:多工程・多品種
印刷、乾燥、断裁、折り、貼り、製本、そして検品——印刷物は多くの工程を経て完成します。紙器・パッケージであれば、打ち抜き、貼り加工などが加わります。
工程が多いということは、工程間で待つ時間が発生するということです。そして、外注に出す工程がある場合、その往復もリードタイムに含まれます。
納期短縮の本丸は、印刷スピードではなく、この滞留の削減にあります。
特徴⑤:短納期化の進行
「明日欲しい」「今週中に」——印刷業に求められる納期は、年々短くなっています。この要求に応えられるかどうかが、受注を左右します。
そして、確実な納期回答をするには、自社の生産能力と現在の負荷を正確に把握している必要があります。
印刷・紙器業のロス構造
ロスを6つに分類して整理します(図2)。

▲図2:印刷・紙器業のロス構造
ロス①:段取りロス
版替え、色替え、インキ交換、洗浄、用紙替え、見当合わせ——小ロット化により、最大のロス要因になっています。詳細は後述します。
ロス②:ヤレ紙(損紙)
印刷業に固有の、そして最も金額インパクトの大きいロスです。用紙代の損失に加え、廃棄処理の費用も発生します。詳細は次章で述べます。
ロス③:チョコ停
紙詰まり、給紙不良、インキの補充、ブランケットの清掃——1回は数分でも、積み重なれば大きなロスです。日報には残らないため、センサーでしか捕捉できません。
ロス④:工程間滞留
印刷後の乾燥待ち、加工工程の順番待ち、外注(表面加工、特殊加工)の往復——これらがリードタイムの大部分を占めます。
ロス⑤:刷り直し
色調不良、見当ズレ、汚れ、キズ——これらによる刷り直しは、工数と用紙の両方を失う二重のロスです。発生率と原因を記録することで、対策の的が絞れます。
ロス⑥:計画・指示待ち
データの入稿待ち、校了待ち、用紙の入荷待ち——これらは印刷現場の外に原因があるロスです。実測して数字で示すことで、営業や制作を含めた全社的な課題として議論できるようになります。
ヤレ紙の見える化——印刷業の利益の源泉
印刷業のIoT活用において、最も金額インパクトの大きいテーマです(図3)。

▲図3:ヤレ紙の見える化
発生要因を分解する
ヤレ紙は、いくつもの要因で発生します。色合わせのための調整刷り、見当合わせの試し刷り、立ち上げ時の不安定な刷り、汚れやキズによる不良、断裁・加工時のロス、そして刷り直し——。
これらを分けて記録することで、どこに最大の削減余地があるかが見えます。
測り方
基本は「投入用紙数 − 良品数 = ヤレ紙数」です。多くの印刷機はカウンタを備えており、投入数と良品数が把握できます。
案件別、機械別、担当者別、そして用紙種別に集計することで、傾向が見えてきます。
見えてくること
案件によるヤレ率の差——色数が多い案件、特殊な用紙を使う案件、小ロットの案件でヤレ率が高くなる傾向が確認できます。
機械による差——機械の状態や特性によって、ヤレ率に差が出ることがあります。
担当者による差——色合わせの技能差が、調整刷りの枚数に現れます。ただし、この差は個人の能力だけでなく、条件データの有無や、機械の状態にも影響されます。
打ち手
第一に、色データの蓄積です。「この用紙、このインキ、この絵柄なら、この条件」というデータが参照できれば、調整刷りの枚数は減らせます。
第二に、見当合わせ手順の標準化です。手順を統一し、動画で共有することで、担当者による差を縮められます。
第三に、給紙・搬送の調整です。汚れやキズによるヤレは、機械の状態に起因することがあります。定期的な点検と調整が有効です。
第四に、見積のヤレ率の精緻化です。実績データに基づいてヤレ率を設定すれば、見積の精度が上がります。特に、色数やロットサイズによってヤレ率が変わることを織り込めば、小ロット案件の採算把握も正確になります。
印刷業がデータ活用で得られる3つの経営価値
構造的特徴を踏まえ、この業種がIoTから得られる価値を整理します。
第一に、材料原価の適正化です。ヤレ率が見えることで、色データの整備、手順の標準化、機械の調整といった打ち手が具体化します。用紙代が原価の中心を占める印刷業において、これは最も直接的な利益改善です。
第二に、小ロット対応力の強化です。段取り時間の短縮により、小ロット案件の採算が改善します。多品種小ロット化が進む市場において、これは競争力そのものです。
第三に、納期対応力です。工程滞留の可視化により、リードタイムが短縮され、納期回答の精度も上がります。短納期対応は、印刷業における明確な差別化要因です。
これら3つはいずれも、印刷業が直面する市場変化への対応に直結するテーマです。
ヤレ紙の削減がもたらす副次効果
ヤレ紙の削減は、用紙代の節約だけにとどまりません。
第一に、廃棄処理費用の削減です。ヤレ紙は産業廃棄物として処理費用が発生します(有価で引き取られる場合もありますが、いずれにせよ管理の手間はかかります)。
第二に、環境負荷の低減です。用紙の消費を減らすことは、資源の節約であり、環境配慮の取り組みとして対外的にも評価されます。
第三に、時間の節約です。調整刷りの枚数が減れば、その分の時間も短縮されます。ヤレ紙の削減と段取り時間の短縮は、多くの場合セットで実現します。
第四に、品質の安定です。調整刷りの回数が少なくて済むということは、条件が安定しているということでもあります。
このように、ヤレ紙の削減は複数の効果を同時にもたらします。印刷業のIoT活用において、最初に取り組むべきテーマである理由がここにあります。
測ることの心理的なハードル
最後に、印刷業でよく聞かれる懸念に触れておきます。「ヤレの数を測ると、現場が萎縮するのではないか」——。
この懸念は理解できます。ヤレ紙は「失敗の証」と受け取られやすく、それを数えられることに抵抗を感じるのは自然なことです。
しかし、目的の伝え方次第で、この受け止め方は変わります。「誰がどれだけヤレを出したかを評価する」のではなく、「どんな条件でヤレが増えるのかを知り、その条件を改善する」——この位置づけを明確に伝えてください。
そして実際、ヤレの多くは個人の技能ではなく、条件データの不足、機械の状態、用紙の品質といった環境要因に起因します。データはそれを明らかにし、現場の負担を減らす方向に働きます。
この点を、経営から現場へ丁寧に伝えることが、データ活用の出発点になります。
段取り時間の分解——版替え・色替えを短縮する
印刷業の最大のロスである段取りについて、改善の考え方を整理します(図4)。

▲図4:段取り時間の分解
4つに分解して測る
段取り時間を一括りで測っても、改善の的は絞れません。次の4つに分解して記録することを推奨します。
第一が「準備」です。版の準備、インキの調合、用紙の準備——これらは、機械が稼働している間に実施できる作業、つまり外段取り化の対象です。
第二が「交換」です。版の取り付け、インキの交換と洗浄、用紙のセット——機械を止めなければできない作業(内段取り)です。
第三が「調整」です。見当合わせ、色合わせ、試し刷り——ここに最も時間がかかることが多く、標準化と条件データの蓄積による短縮余地が大きい領域です。
第四が「確認」です。校正刷りの確認、承認待ち——待ちが発生しやすい工程です。
測ると見えてくること
実測すると、多くの印刷会社で「交換そのものより、調整と確認に時間がかかっている」という結果が出ます。
版を取り付ける作業は10分でも、色を合わせるのに30分、そして確認の承認を待つのに20分——といった構造です。
この構造が見えれば、対策は明確になります。準備の外段取り化、調整時間短縮のための条件データ整備、そして確認プロセスの迅速化——。
具体的な改善策
外段取り化としては、版の事前準備、インキの事前調合、用紙の事前搬入が挙げられます。これらを稼働中に済ませておくだけで、機械停止時間は短縮されます。
調整時間の短縮には、過去の条件データの蓄積と参照が有効です。同じ用紙、同じインキ、似た絵柄の案件で、どんな条件で刷ったか——この情報があれば、初期設定の精度が上がり、調整の試行回数が減ります。
確認プロセスについては、判定基準の明確化と、承認者の即応体制が鍵になります。「誰が、どの基準で、どれだけの時間で判断するか」を決めておくことで、待ち時間は削減できます。
KPI設計——印刷・紙器業は何を測るべきか
指標の体系を整理します(図5)。

▲図5:印刷・紙器業のKPI設計
KGI:案件別粗利率
印刷業は受注生産であり、案件ごとに条件が異なります。案件別の粗利率が、最も本質的な経営指標です。
用紙と工数の両方を把握して初めて、この指標が算出できます。
KPI:ヤレ率と可動率
管理指標の中心は、ヤレ率(損紙数÷投入用紙数)と、印刷機の可動率です。前者は材料効率、後者は設備効率を示します。
これに、段取り時間(版替え・色替え)、工程別の滞留日数、刷り直しの発生率を加えると、印刷業のKPIセットとしては十分です。
現場の行動指標
現場が日々意識する指標としては、外段取り実施率、色合わせの所要時間、チョコ停回数、校了待ちの日数、工程通過の記録率——といったものを設定します。
データの取り方——印刷工場での方式選定
何を、どう測るか。実務的な選択肢を整理します(図6)。

▲図6:印刷工場のデータ取得方式
印刷機の稼働・停止
信号灯センサーまたは電流センサーによる後付け計測が基本です。近年の印刷機は、稼働状況やカウンタのデータを出力できるものもあるため、まず設備の仕様を確認してください(方式の詳細は子記事「レトロフィットIoTで古い設備をIoT化する方法」参照)。
印刷部数・ヤレ紙数
多くの印刷機はカウンタを備えており、総刷り数が把握できます。良品数との差からヤレ紙数を算出します。
カウンタからのデータ取得が可能であれば自動化できますが、難しい場合は作業終了時の実績入力でも構いません。重要なのは、案件ごとにヤレ紙数が記録されることです。
段取り時間
タブレットやボタン端末での選択式入力です。前述の4区分(準備・交換・調整・確認)を区別して記録できる設計にします。
工程通過・滞留
作業指示書にQRコードを印刷し、各工程で読み取る運用により、進捗と滞留が可視化されます。印刷業は工程数が多く、外注も含まれることが多いため、この記録の効果が大きい業種です。
色管理データ
色彩計による測定値、そして印刷条件(インキの供給量、圧胴の圧力、湿し水の量など)の記録です。これらを案件・用紙・インキと紐づけて蓄積することで、調整刷りの削減と再現性の向上につながります。
環境(温湿度)
用紙は吸湿性があり、湿度によって伸縮します。これが見当のズレにつながることがあります。また、インキの乾燥も環境に影響されます。
作業エリアと用紙保管庫の温湿度を記録することで、環境と品質の関係が分析できるようになります。
導入ステップ——印刷・紙器業の標準3カ月モデル
進め方を時系列で整理します(図7)。

▲図7:導入ステップ
ステップ1:稼働とヤレ紙の把握(〜1カ月)
印刷機の稼働監視と、案件別のヤレ紙数の記録を開始します。この段階で、可動率とヤレ率の実態が明らかになります。
多くの会社で、「思っていたよりヤレが出ている」「思っていたより機械が止まっている」という結果が出ます。それが改善の動機になります。
ステップ2:段取りの分解計測(1〜2カ月)
段取り時間を4区分に分けて記録し、どこに時間がかかっているかを把握します。外段取り化と、調整時間の短縮に取り組みます。
ステップ3:工程通過の記録(2〜3カ月)
作業指示書のQRコードによる工程通過の記録を開始し、印刷から加工・製本までの滞留を可視化します。
ステップ4:採算と見積への展開(継続)
案件別の実績(用紙、工数、外注費)を集計し、採算を把握します。そして、ヤレ率と段取り時間の実績を織り込んだ見積基準を整備します。
導入プロジェクト全般の進め方は、子記事「工場IoT導入の進め方」で体系化しています。
指標を運用に落とす
KPIを設計したら、それを見る場を決めます。印刷業では、朝礼での前日実績の共有(可動率、ヤレ率、段取り時間)と、週次15分のレビュー(傾向の確認、対策の決定)が実務的です。
特に効果的なのが、ヤレ率の日次共有です。「昨日のヤレ率は◯%、目標比で◯%」——この数字が毎日共有されることで、現場の意識は確実に変わります。調整刷りの枚数、機械の状態、用紙の扱い——日々の行動が、この数字に現れるからです。
そして週次では、段取り時間の推移と工程滞留を確認し、改善テーマを1つ決める。この積み重ねが、工場全体の生産性を高めていきます。
設置時の実務——印刷工場ならではの注意点
印刷工場でセンサーを設置する際の注意点を補足します。
第一に、紙粉です。印刷・断裁工程では細かな紙の粉が発生し、機器に付着します。設置位置は紙粉が堆積しにくい場所を選び、定期的な清掃を運用に組み込んでください。
第二に、インキと溶剤です。インキのミストや洗浄溶剤が飛散する環境では、機器の耐性に配慮が必要です。
第三に、振動です。印刷機は稼働時に振動を発生させます。マグネット式で取り付ける機器は、位置ずれや脱落がないか、設置後しばらく確認する期間を設けてください。
第四に、電波環境です。金属製の機械が並ぶ環境では電波が遮られる可能性があります。現地での電波実測は必ず行ってください。
既存の生産管理システムとの関係
多くの印刷会社では、受注・見積・請求を管理するシステムが導入されています。IoTで取得する稼働データとの関係をどう設計するかは、検討事項のひとつです。
初期段階では、無理に統合する必要はありません。重要なのは、将来的に紐づけられる設計にしておくことです。案件番号が共通であれば、後からデータを突き合わせることは可能です。
ツール選定の段階で、データのエクスポート機能と、案件番号の整合性を確認しておいてください。
なお、KPIの数は絞ってください。印刷業では管理したい項目が多岐にわたりますが、全社で追う指標は「ヤレ率」「段取り時間」「工程滞留日数」の3つ程度で十分です。この3つが改善すれば、収益は自然に良くなります。
記録の粒度を見極める
印刷業でデータ収集を始める際、「どこまで細かく記録するか」は重要な設計事項です。
案件ごとのヤレ紙数は必須です。しかし、その内訳(色合わせ分、見当合わせ分、汚れ分)まで毎回記録するのは、現場の負担が大きくなります。
実務的なアプローチは、まず総数を記録し、必要に応じて期間を限定して詳細な記録を行う——というものです。「今月は1週間だけ、ヤレの内訳を詳しく記録してみる」といった調査的な運用でも、十分な示唆が得られます。
継続できる粒度で日常の記録を行い、深掘りが必要なときだけ詳細に測る——この使い分けが、データ活用を持続させるコツです。
分野別の重点ポイント
印刷業も分野によって課題は異なります。
商業印刷(チラシ・カタログ・パンフレット)
多品種小ロット・短納期の傾向が最も強い分野です。段取りの効率化と、納期回答の精度が競争力を左右します。
また、案件ごとの仕様(用紙、色数、加工)が多様であるため、案件別の採算管理が特に重要になります。
パッケージ・紙器印刷
印刷後の加工工程(打ち抜き、貼り、箔押しなど)が多く、工程通過の管理が重要です。また、食品や医薬品向けのパッケージでは、品質要求とトレーサビリティの要求が厳格になります。
ロットが比較的まとまることが多い一方、版の管理(顧客ごと、商品ごと)が煩雑になりがちです。版の所在と使用履歴の管理が、業務効率に影響します。
ラベル・シール印刷
小ロット・多品種で、切替が頻繁な分野です。段取り時間の短縮が生産性に直結します。
また、素材の種類が多く(紙、フィルム、特殊素材)、素材ごとの条件管理が品質を左右します。条件データの蓄積の価値が大きい分野です。
事務用品・帳票印刷
比較的ロットがまとまる一方、単価が低く、生産性が収益を直接左右します。可動率の向上とヤレ率の削減が、そのまま利益に反映されます。
デジタル印刷を併用する企業
オフセットとデジタルを併用する企業では、「どの案件をどちらで印刷するか」の判断が収益性を左右します。
ロットサイズ、色数、納期、そして実績原価——これらのデータがあれば、この判断が根拠を持ちます。「このロットサイズ以下はデジタル、以上はオフセット」という基準を、実績に基づいて設定できます。
技能伝承と人材確保
印刷業も、技能者の確保と育成が課題です。
色管理の技能
色合わせは、印刷業における最も習得の難しい技能のひとつです。目標の色に近づけるための判断には、長年の経験が必要です。
この技能を完全にデータ化することはできませんが、条件と結果の記録により、一部は形式知化できます。「この用紙、このインキ、この絵柄なら、この設定」というデータベースがあれば、若手の作業は大きく効率化されます。
そして、ベテランの判断とデータを突き合わせることで、経験知が定量的に裏づけられます。
段取りの技能
版の取り付け、見当合わせ、機械の調整——段取り作業にも技能が集約されています。
手順を動画で記録し、共有することで、習得の速度が上がります。特に、頻度の低い作業や、特殊な用紙・インキを扱う場合の手順は、記録の価値が大きくなります。
トラブル対応
紙詰まり、給紙不良、汚れの発生——これらへの対処も、経験がものを言う領域です。トラブルの内容と対処を記録として蓄積すれば、同種の問題が発生したときに参照できます。
作業環境の改善
印刷現場は、騒音、インキの臭い、そして立ち作業——身体的な負担を伴います。この環境が、人材確保を難しくしている面もあります。
作業実績のデータから、負荷の偏りや長時間作業の発生を把握し、改善につなげることも可能です。
企業規模別のアプローチ
従業員10〜30名規模
経営者が全案件を把握している規模です。ヤレ紙の記録と、稼働の見える化から始めるのが現実的です。この規模では、データを見て即座に判断・対応できるため、効果の実感も早く得られます。
従業員30〜80名規模
複数の印刷機と加工設備を運用し、案件が並行して流れる規模です。工程通過の記録による進捗管理と、案件別採算の把握の価値が高まります。
機械間の比較分析から、良い実践の横展開も可能になります。
従業員80名以上・複数拠点
拠点間・機械間の比較、標準化、そして全社的な指標管理が主要テーマになります。指標の定義(ヤレ率の計算方法、段取りの区分)を統一することが、比較と改善の前提です。
設備投資の判断
印刷業では、印刷機や加工設備の更新・増設が定期的に検討課題になります。この判断にもデータが役立ちます。
ボトルネックの特定
投資すべきは、全体の処理能力を制約している設備です。印刷機なのか、加工設備なのか、それとも人手なのか——。
稼働データと工程滞留のデータがあれば、この判断が定量的に行えます。「印刷機の稼働率は70%だが、加工工程で滞留が発生している」——という状況であれば、投資すべきは加工設備です。
改善で対応できないかを検証する
投資の前に、運用の改善で対応できないかを検証すべきです。段取り時間の短縮、稼働の平準化、外注の活用——これらで対応できる範囲を確認してから、なお足りない部分に投資する。
この順序が、数千万円規模の投資の無駄を防ぎます。
新技術への投資判断
デジタル印刷機、インライン加工設備、検査装置の自動化——新しい技術への投資判断も、実績データが基礎になります。
「現在、この作業に何時間かかっているか」「その何割を代替できるか」——この見積が正確であれば、投資対効果の判断も確実になります。
投資後の効果検証
設備を導入した後も、効果の検証は重要です。導入前後で、処理量、稼働率、リードタイムがどう変わったか——この検証が、次の投資判断の精度を高めます。
色管理の高度化
色は、印刷物の品質を決める最重要要素のひとつです。この管理を高度化する方向性を整理します。
色彩計による定量化
目視による色の判断は、担当者や照明条件によって差が生じます。色彩計を使用すれば、色を数値で管理できます。
測定値を案件・用紙・インキと紐づけて蓄積すれば、「この条件では、この色になる」という関係が定量的に把握できます。
リピート案件での再現性
同じ商品を定期的に印刷する案件では、色の再現性が求められます。前回と同じ色に仕上げること——これは顧客からの重要な要求です。
過去の測定値と条件が記録されていれば、この再現は容易になります。「前回はこの条件でこの数値だった」という情報が、初期設定の精度を高めます。
顧客への説明
色の判断で顧客と認識が異なることは、印刷業でしばしば起こります。「思っていた色と違う」——この場面で、数値データがあれば客観的な議論ができます。
「校正時の測定値と、本刷りの測定値はこの範囲内です」——こうした説明ができることは、トラブルの防止にもつながります。
標準化の推進
色管理の標準化には、業界標準の規格や、顧客ごとの基準があります。これらに準拠した管理体制を整えることは、品質保証の観点で価値があります。
具体的な規格や基準への対応については、専門機関や業界団体の情報を参照し、必要に応じて専門家に相談してください。
加工・製本工程の管理
印刷後の工程も、生産性とリードタイムに大きく影響します。
加工工程の稼働把握
断裁機、折り機、貼り機、打ち抜き機、製本機——これらの設備も、稼働監視の対象です。印刷機だけを見ていると、加工工程がボトルネックになっていることに気づけません。
工程全体の能力バランスを把握することで、投資すべき箇所や、外注すべき工程が明確になります。
人手工程の工数管理
丁合、検品、梱包——これらは人手中心の工程です。作業実績の記録により、案件別の工数が把握でき、原価管理の精度が上がります。
特に、手作業が多い特殊加工や、少量の特注品では、この工数が採算を左右します。
外注工程の管理
表面加工(PP貼り、UV加工)、特殊加工(箔押し、エンボス)、製本——外注に出す工程の期間は、リードタイムの大きな部分を占めます。
発注日と納入日を記録し、外注先別・加工内容別の実績リードタイムを蓄積することで、工程計画の精度が上がります。
仕掛かり在庫の管理
工程間に滞留している印刷物は、資金が固定された在庫です。滞留の削減は、リードタイム短縮であると同時に、資金効率の改善でもあります。
また、印刷物は保管スペースを取ります。滞留が減れば、スペースにも余裕が生まれます。
いずれの規模でも共通するのは、「ヤレ紙の記録から始める」という順序です。金額インパクトが大きく、記録の負担も小さく、そして効果が分かりやすい——印刷業にとって、これ以上に合理的な出発点はありません。
案件別原価管理と見積精度
実績データが揃うと、印刷業でも案件別の原価管理が現実的になります。
印刷業の原価構成
印刷物の原価は、用紙代、インキ・資材費、製版費、印刷加工費(設備稼働時間×時間単価)、段取り費、外注加工費、そして配送費で構成されます。
このうち、印刷加工費と段取り費の配賦が難しい項目です。複数の案件が同じ機械を流れ、段取りを挟みながら生産される構造では、案件ごとの正確な配賦が困難だからです。
稼働データと段取り記録があれば、「この案件の生産に、機械が何時間稼働し、何分の段取りが発生したか」が分かります。これにより、案件別の実際原価が算出できます。
小ロット案件の採算
特に重要なのが、小ロット案件の採算です。段取り時間とヤレ紙が固定的に発生するため、ロットが小さいほど1部あたりのコストは上昇します。
しかし、見積がこの構造を十分に反映していなければ、小ロット案件を受けるほど利益が減るという事態が起こります。
実績データにより、ロットサイズ別のコスト構造が把握できれば、適正な価格設定と、受注方針の判断が可能になります。
見積のヤレ率
見積において、ヤレ率の設定は重要な要素です。実績より低く設定すれば赤字になり、高すぎれば価格競争力を失います。
案件の特性(色数、用紙、ロットサイズ、加工内容)別の実績ヤレ率が蓄積されれば、この設定の精度が上がります。
価格交渉の根拠
用紙価格の高騰が続く中、適正な価格転嫁は印刷業の生命線です。「この案件の用紙使用量は実績で◯枚、単価上昇分は◯円」——具体的な数字を示せることが、交渉の結果を左右します。
さらに、自社の改善努力(ヤレ率の改善実績)を示せれば、「できる限りの努力はしたうえでの要請」という説得力が加わります。
営業・制作との連携
印刷業のDXは、製造現場だけの話ではありません。
納期回答の精度
営業が受注時に提示する納期は、工場の負荷状況に基づいて判断されるべきです。しかし、その情報が営業に届いていなければ、感覚的な回答になります。
工程通過の記録により、現在の仕掛かり状況と負荷が可視化されれば、営業も根拠を持って納期を回答できます。無理な受注による混乱と、過度に保守的な回答による機会損失——この両方を減らせます。
進捗の共有
顧客からの「今どうなっていますか」という問い合わせに、営業が即答できるかどうか。これは顧客満足に直結します。
工程通過の記録があれば、営業が自席で進捗を確認し、その場で回答できます。工場への問い合わせと折り返し連絡という手間もなくなります。
校了待ちの可視化
印刷業のリードタイムを延ばす要因のひとつが、校了待ちです。顧客の承認が遅れれば、工程は進みません。
この待ち時間を記録し、案件別・顧客別に集計することで、「どの案件で、どれだけ待たされているか」が見えます。この情報は、営業活動の改善(早期の校了依頼、スケジュールの事前合意)や、納期交渉の材料になります。
受注情報と製造の連携
理想的には、受注情報と製造実績が連携していることが望ましいでしょう。しかし、最初から完全な統合を目指す必要はありません。
まず製造側の実績を正確に把握し、それを営業と共有する——この片方向の情報流通からでも、十分な効果が得られます。
事業構造の転換とデータ
印刷業は、需要構造の変化に直面しています。この転換にもデータが関わります。
既存事業の収益構造を知る
新しい分野への展開を検討する際、まず必要なのは現状の正確な把握です。どの分野の、どの案件が、どれだけの利益を生んでいるのか——。
案件別・顧客別・製品分野別の採算が見えれば、「何を守り、何を転換するか」の判断ができます。
付加価値分野への展開
パッケージ、ラベル、販促物、そして印刷を伴わないサービス——印刷会社の展開先は多様です。
これらの分野では、品質要求やトレーサビリティの要求が異なります。食品パッケージであれば衛生管理、医薬品関連であれば厳格な記録——参入には管理体制の整備が前提になります。
データ基盤の整備は、こうした分野への展開を可能にする条件でもあります。
小ロット対応力という武器
デジタル化が進む中でも、印刷物の需要はなくなりません。しかし、その形は変わります。小ロット、多品種、短納期、そしてバリアブル(可変データ)印刷——。
この変化に対応できるかどうかが、印刷会社の生存を左右します。そして、対応力の核心は段取りの効率と生産管理の精度にあります。
つまり、本記事で述べてきた改善は、日々の生産性向上であると同時に、事業構造の変化への適応力を高める取り組みでもあるのです。
事業承継への備え
印刷業も、経営者の高齢化と事業承継が課題となっている業種です。案件別の収益構造、顧客との取引実態、生産の実力——これらが記録として残っていれば、後継者は先代の判断の根拠を理解し、自らの判断に活かせます。
データ化は、日々の改善のためだけでなく、事業を次代へ渡すための準備でもあります。
まとめに代えて——印刷業の強みをデータで支える
印刷業は、長く厳しい市場環境に置かれてきました。デジタル化による需要の変化、価格競争、そして人材確保の困難——。
しかし、いまも成長を続けている印刷会社には共通点があります。小ロット・短納期への対応力、品質の安定性、提案力、そして顧客との関係の深さ——価格以外の価値で選ばれているのです。
これらの強みは、いずれも「現場の実力」に支えられています。そして、その実力を維持し、高め、次の世代へ引き継ぐために、データという道具が役立ちます。
無駄になる紙を減らし、機械を止める時間を減らし、納期を確実にする——データが可能にするのは、まさに印刷業が勝負している領域の強化です。
デジタル化の波に、デジタルで対抗する。印刷という伝統的な産業の中で、データを武器にする——それが、これからの印刷会社に求められる姿勢だと私たちは考えています。
データが変える営業と製造の関係
印刷業では、営業と製造の間に緊張関係が生じがちです。営業は「受注のために短納期を約束する」、製造は「その納期では無理だ」——こうした対立は、多くの会社で見られます。
この対立の根本原因は、情報の断絶にあります。営業は工場の負荷を知らず、製造は受注の事情を知らない。互いに相手の状況が見えないまま、それぞれの立場で主張することになります。
工程通過の記録により、現在の仕掛かりと負荷が可視化されれば、この構図は変わります。営業は「いま工場はここまで埋まっている」と分かったうえで納期を回答でき、製造は「この案件はこういう事情がある」と理解したうえで対応を検討できます。
同じ画面を見て話す——それだけで、対立は協働に変わります。データの価値は、数字そのものより、それが生む共通認識にあるのかもしれません。
顧客への価値提供
蓄積したデータは、顧客への価値提供にも使えます。
「御社の案件は、今年これだけ発注いただき、平均リードタイムはこれだけでした」「この仕様なら、ロットをこう変えるとコストが下がります」——実績に基づく提案は、単なる印刷会社を超えたパートナーとしての評価につながります。
特に、定期的に発注する顧客に対しては、年間の実績をまとめて報告することで、次年度の計画づくりを支援できます。この関係が築ければ、価格だけで比較されにくくなります。
印刷・紙器業の実践事例
守秘義務に配慮して一般化した事例をご紹介します。
事例①:ヤレ率の実測が色データ整備につながった(オフセット印刷・従業員45名)
用紙代の高騰に苦しんでいた印刷会社。ヤレ紙は「出るもの」として認識され、正確な記録はありませんでした。
案件別のヤレ紙数を記録したところ、平均ヤレ率は想定を上回る水準でした。さらに分析すると、色数の多い案件と、久しぶりに刷る案件でヤレ率が突出して高いことが判明。原因は、色合わせの調整刷りでした。
対策として、過去の印刷条件(用紙、インキ、絵柄、供給量設定)を記録し、案件番号で検索できる仕組みを整備。リピート案件では過去の条件を初期値として使えるようになり、調整刷りの枚数が減少しました。
ヤレ率は数ポイント改善し、年間の用紙代削減額は、システム導入費用を大きく上回りました。
事例②:段取り時間の内訳が改善の的を絞った(印刷・従業員35名)
小ロット化により段取り回数が増加し、生産量が伸び悩んでいた印刷会社。段取り時間は「だいたい40分」という認識でした。
4区分に分けて実測したところ、準備12分、交換10分、調整14分、確認4分——という内訳が判明。準備の12分は、機械を止めてから版やインキを取りに行っていたことによるものでした。
対策として、次の案件の版とインキを稼働中に準備する運用に変更(外段取り化)。あわせて、調整時間短縮のための条件データ整備も進めました。
機械停止時間は大幅に短縮され、1日あたりの処理案件数が増加しました。
事例③:工程滞留の可視化がリードタイムを短縮(紙器製造・従業員50名)
「納期が読めない」という課題を抱えていた紙器メーカー。工程通過のQR記録を開始したところ、リードタイムの内訳が明らかになりました。
平均12日のうち、実際に加工されている時間は合計8時間程度。最大の滞留は、印刷後の乾燥待ちと、打ち抜き工程の順番待ちでした。
対策として、乾燥のスケジュール管理と、打ち抜き工程への投入順序のルール化を実施。設備は増やしていませんが、平均リードタイムは大幅に短縮され、納期回答の精度も向上しました。
事例④:案件別採算が受注方針を変えた(印刷・従業員60名)
用紙、工数、外注費を案件別に集計した印刷会社の事例です。
分析の結果、小ロットの案件で採算が悪化していることが判明。段取り時間とヤレ紙が固定的に発生するため、ロットが小さいほど1部あたりのコストが上昇する構造でした。
しかし、見積はロットサイズによる差を十分に織り込んでいませんでした。
見積基準を、ロットサイズ別の実績データに基づいて改訂。あわせて、採算の取れないロットサイズについては、価格の見直しか、受注方針の検討を行いました。
「小口の仕事が増えているのに利益が出ない」という状況の構造が、データによって明らかになった事例です。
事例⑤:温湿度管理が見当ズレを減らした(印刷・従業員40名)
季節によって見当のズレによる不良が増加する傾向があった印刷会社の事例です。「湿度のせい」という認識はあったものの、定量的な検証はされていませんでした。
用紙保管庫と印刷エリアに温湿度センサーを設置し、不良の発生記録と突き合わせました。分析の結果、保管庫の湿度が変動した時期に入荷した用紙で、見当ズレが増加する相関が確認されました。
対策として、保管庫の湿度管理の強化と、用紙の事前養生(印刷エリアの環境に馴染ませる期間の設定)を実施。見当ズレによる不良は大幅に減少しました。
投資対効果の試算——印刷・紙器業の場合
導入判断のための試算例を示します。年商5億円、従業員45名規模の印刷会社を想定します。
効果の第一は、ヤレ率の改善です。年間の用紙代が1.5億円で、ヤレ率が2ポイント改善すれば、年間300万円規模の効果になります。
第二は、段取り時間の短縮です。1回15分の短縮、月80回の段取り、時間単価5,000円なら月10万円、年間120万円の効果です。
第三は、リードタイム短縮による効果です。短納期対応力の向上と、残業の削減として現れます。
第四は、案件別採算の把握による見積精度の向上です。赤字案件の削減は、直接的な利益改善になります。
第五は、日報・集計工数の削減です。
一方の費用は、稼働監視センサー3〜5台とゲートウェイで40万〜70万円、QR運用とタブレットで10万〜20万円、温湿度センサーで10万円程度、月額1万〜2万円。初年度合計70万〜110万円が目安です。
ヤレ率の改善だけでも投資額を大きく上回る効果が見込める構造です。費用の詳細は、子記事「工場IoTの導入費用と使える補助金まとめ」をご覧ください。
印刷・紙器業でよくある失敗と回避策
失敗①:ヤレ紙を「出るもの」として測らない
ヤレ紙は印刷業の宿命ですが、その量は改善できます。まず測ることから始めてください。測っていなければ、改善の余地も見えません。
失敗②:段取り時間を一括りで測る
「段取り40分」では、改善の的が絞れません。準備・交換・調整・確認に分解して測ることが、印刷業における最重要のポイントです。
失敗③:色合わせの技能差を個人の問題にする
調整刷りの枚数に差が出るのは、技能だけが原因ではありません。条件データの有無、機械の状態、用紙やインキの品質——さまざまな要因があります。
「なぜ時間がかかったのか」を現場と一緒に確認する姿勢が、改善につながります。
失敗④:工程通過の記録が細かすぎる
印刷業は工程が多いため、すべてを記録しようとすると読み取りの手間が増えます。まずは主要工程(印刷完了、加工完了、製本完了、出荷)の4〜6点程度から始めてください。
失敗⑤:外注工程を管理対象から外す
表面加工、特殊加工、製本——外注に出す工程の期間は、リードタイムの大きな部分を占めます。発注日と納入日を記録するだけでも、計画精度は上がります。
印刷・紙器業を取り巻く環境変化
第一に、印刷需要の構造変化です。デジタル化により、従来型の印刷需要は減少傾向にあります。一方で、パッケージ、ラベル、販促物といった分野には需要があり、事業構造の転換が求められています。
第二に、多品種小ロット・短納期化です。この傾向は今後も続くと考えられ、段取りの効率化が競争力を直接左右します。
第三に、用紙価格の高騰です。ヤレ率の改善と、実績に基づく価格転嫁が求められています。
第四に、人材確保の困難です。印刷オペレーター、特に色管理ができる技能者の確保は年々難しくなっています。技能のデータ化と標準化が急務です。
第五に、環境対応です。用紙の調達(森林認証など)、インキの選定、廃棄物の削減——環境配慮への要求は強まっています。ヤレ紙の削減は、コスト削減であると同時に環境対応でもあります。
導入前チェックリスト
印刷・紙器業でIoT導入を検討する際の確認事項です(図8)。

▲図8:印刷・紙器業のIoT導入チェックリスト
よくある質問(FAQ)
Q1. まず何から始めるべきですか?
ヤレ紙数の記録です。用紙代が原価の中心を占める印刷業において、最も金額インパクトの大きいテーマです。機械のカウンタを活用すれば、記録の負担も小さく済みます。
Q2. 古い印刷機でもデータは取れますか?
信号灯センサーや電流センサーによる稼働監視は、機械の年式・メーカーを問わず可能です。カウンタからのデータ取得については、機械の仕様によります。取得できない場合は、作業終了時の実績入力で補完します。
Q3. 色データの蓄積は難しくありませんか?
高度なシステムは必要ありません。案件番号、用紙、インキ、そして印刷条件(供給量の設定値など)を記録し、検索できる状態にするだけで実用的です。条件シートの写真を案件と紐づけて保存する方法でも構いません。
Q4. 段取り時間の記録は現場の負担になりませんか?
4区分の選択式入力であれば、1回数秒で完了します。手書きの日報を廃止できれば、むしろ負担は減ります。
Q5. 工程通過の記録は、どの工程で行うべきですか?
まずは主要工程(印刷完了、加工完了、製本完了、出荷)の4〜6点程度から始めてください。滞留が見えるようになってから、必要に応じて細分化します。
Q6. 費用はどのくらいかかりますか?
稼働監視センサー3〜5台、QR運用、温湿度センサーを含めて初期70万〜110万円、月額1万〜2万円が目安です。ヤレ紙の記録だけなら、実績入力の仕組みで初期20万〜40万円程度から始められます。
Q7. 効果はどのくらいの期間で現れますか?
ヤレ率の実態把握は1カ月、改善効果は2〜4カ月で現れます。段取り時間の短縮も同様の時間軸です。案件別採算の把握と見積改善は、3〜6カ月のデータ蓄積が必要です。
印刷・紙器業のIoT用語ミニ辞典
・ヤレ紙(損紙):製品にならなかった用紙。印刷業最大のコスト要因のひとつ。
・ヤレ率:投入用紙に対する損紙の比率。印刷業の材料効率を示す指標。
・版替え:印刷する版を交換する作業。段取りの中核。
・色替え:インキの色を変更する作業。洗浄を伴い時間を要する。
・見当合わせ:多色印刷で各色の位置を合わせる作業。
・調整刷り:色や見当を合わせるための試し刷り。ヤレ紙の主要因。
・外段取り化:稼働中に準備作業を行うこと。段取り短縮の基本手法。
・工程通過記録:各工程の開始・完了を記録すること。滞留の可視化に使う。
・校了:印刷内容の最終承認。これを待つ時間が滞留になることがある。
・案件別採算:案件ごとの実績原価と粗利。用紙と工数の両方の把握が前提。
まとめ——ヤレと段取りを制する
本記事の要点を整理します。
・印刷業の原価は用紙代が中心。ヤレ率の実測と改善が、利益への最短ルート
・ヤレ紙の主因は色合わせの調整刷り。過去の条件データの蓄積が削減の鍵
・段取りは「準備・交換・調整・確認」に分解して測る。多くは調整と確認に時間がかかっている
・外段取り化により、機械を止める時間を大幅に短縮できる
・工程が多く外注も含まれるため、工程通過の記録による滞留の可視化が納期対応力を高める
・小ロット案件の採算は、段取りとヤレを織り込んで初めて正確に把握できる
・稼働監視センサー3〜5台、70万〜110万円から始められる
印刷機が実際に紙を刷っている時間を増やし、無駄になる紙を減らす——印刷業の生産性は、この2点に集約されます。そして、どちらも測らなければ改善できません。
船井総合研究所では、中堅・中小の印刷・紙器業に特化した「工場の小規模DX」コンサルティングとして、ヤレ率の実測から段取り改善、工程滞留の可視化、案件別採算の把握まで一貫して伴走支援しています。「うちのヤレ率は実際どれくらいなのか」という素朴な疑問からのご相談も、無料経営相談で承っています。
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https://www.funaisoken.co.jp/form/consulting?siteno=S111
事例⑥:デジタル印刷との使い分け基準を確立(印刷・従業員55名)
オフセット印刷とデジタル印刷を併用していた印刷会社の事例です。どちらで印刷するかの判断は、担当者の経験に委ねられていました。
両方式の実績原価(段取り、ヤレ、加工時間)をロットサイズ別に集計したところ、切り替えの分岐点が明確になりました。従来「オフセットのほうが安い」と考えられていたロットサイズでも、段取りとヤレを含めるとデジタルのほうが有利なケースがあったのです。
この基準を明文化し、受注時の判断ルールとして運用。設備の稼働バランスも改善し、全体の収益性が向上しました。
「どちらが安いか」を感覚ではなく実績で判断できるようになった事例です。
事例⑦:版の管理が探索時間を削減(紙器印刷・従業員45名)
顧客ごと・商品ごとの版を多数保有し、「版を探す」ことに時間がかかっていた紙器印刷会社の事例です。
版にQRコードを貼付し、保管場所と使用履歴を記録する仕組みを構築。段取り時に読み取ることで、使用実績も自動的に蓄積されるようにしました。
探索時間はほぼゼロになり、段取り時間の短縮に直結。また、使用頻度のデータから、長期間使われていない版の廃棄判断も可能になり、保管スペースの圧迫も解消されました。
最初の一歩——今週できること
本記事を読み終えた方に、費用ゼロで今週できることを提案します。
第一に、直近の1案件について、投入した用紙数と良品数を確認し、ヤレ率を計算してみてください。想像より高い数字が出るかもしれません。
第二に、次の版替えを1回だけ、「準備・交換・調整・確認」の4区分に分けてストップウォッチで測ってみてください。どこに時間がかかっているかが、その場で分かります。
第三に、直近の1案件について、受注日と納品日の間隔と、実際の作業時間の合計を比べてみてください。「待ち」の時間の長さが見えるはずです。
この3つの確認だけで、自社の改善余地がどこにあるかの当たりがつきます。
補足:デジタル印刷・特殊印刷について
本記事はオフセット印刷を主な想定として書いていますが、デジタル印刷、グラビア印刷、フレキソ印刷、スクリーン印刷など、他の方式でも考え方の骨格は共通です。
ヤレ(損紙・損材)を測る。段取りを分解して測る。工程通過を記録して滞留を可視化する。案件別の採算を把握する——これらの原則は、方式を問わず適用できます。
ただし、デジタル印刷では版替えがない分、段取りの構造が異なります。一方で、消耗品(トナー、インク)のコスト管理がより重要になります。グラビアやフレキソでは版の管理と色管理の比重が高まります。
自社の方式に合わせて、測る対象と指標を設計してください。重要なのは、「何にコストがかかっていて、どこで時間が失われているか」を知ることです。
印刷は、情報を形にして伝えるという、社会に不可欠な機能を担ってきました。その現場が抱える課題——ヤレ、段取り、滞留、そして収益性——のいずれに対しても、データは有効な武器になります。本記事が、その活用の一助になれば幸いです。


