2025国際ロボット展 徹底視察レポート ~AIが「身体」を手に入れた日。製造・物流現場はどう変わるのか?~
2025.12.11
2025国際ロボット展(iREX2025)、皆様は行かれましたでしょうか?
今回は私、徳竹が東ホールから西ホールまで足を棒にして歩き回り、メーカー担当者に突撃インタビューをしてきた内容を余すことなくお伝えします。
今回の視察を通じて強く感じたのは、ロボットはもはや「プログラム通りに動く機械」ではなく、「AIが物理世界(フィジカル)に干渉するためのインターフェース」になりつつあるということです。
会場全体を見渡すと、正直なところ、機構やモーターといった「ロボット単体」のハードウェア的な目新しさは、前回(2023年)と比べてもほとんどありませんでした。
しかし、その中身(ソフトウェア・知能)は別次元の進化を遂げています。
本レポートでは、AIの熱狂から物流現場の泥臭い実利、そして「渋い」周辺機器の革新まで、忖度なしの「現場のリアル」をお届けします。
1. 「脳」の進化が、常識を覆す
まず衝撃を受けたのは、AIとロボット制御の融合レベルです。
■ FANUC:Physical AIによる「スキル」の伝承
FANUCのブースでは、NVIDIAとの協業によって実現した、単なる生成AI連携を超えた「Physical AI」の概念が提示されていました。
これまでの産業用ロボットは「プログラム通りに動く」ことしかできず、ワークの公差や微妙なズレで嵌合(かんごう)に失敗すると、即座にエラー停止してしまうのが常識でした。これが現場における「チョコ停」の主因であり、自動化の壁でもありました。
しかし、今回展示された最新のAI搭載機は、「失敗からリカバリーする方法」を自律的に考えます。 その裏側にあるのは、デジタルツイン(仮想空間)での膨大な試行錯誤です。 ロボットはサイバー空間内で何千、何万回ものシミュレーションを超高速で行い、「どう動かせば上手く入るか?」という正解を探索します。その過程で、熟練工が無意識に行っている「カン・コツ(例:挿入がきつい時は、少し力を抜いてグリグリと回しながら押し込む、など)」をロボットが自ら獲得し、その学習済みのスキルモデルを実機に転送して実行するのです。
人間がコードを書いて教えるのではなく、ロボットが自ら試行錯誤して最適解を見つける。まさに「ロボットがスキルを習得し、職人の技を継承する」時代の到来を強烈に感じさせる展示でした。
■ Eureka Robotics:”見えない・掴めない”を攻略
AIビジョンベンチャーのEureka Roboticsは、さらに実践的な課題解決を見せてくれました。
従来のバラ積みピッキングでは、「互いに絡まってしまうワーク」や「照明を反射する光沢ワーク」、「背景と同化する黒色ワーク」は検出が難しく、敬遠されがちでした。
しかし彼らのAIは、これらを高精度に認識するだけでなく、「どう動かせば絡まりが解けるか」まで自律的に判断してピッキングを行います。
2. 【トレンド】ヒューマノイドの「夢」と遠隔操作の「現実」
■ ヒューマノイドは「展示会映え」止まりか?
今回のiREXで最も視覚的なインパクトを与えていたのは、間違いなくヒューマノイド(人型ロボット)でしょう。会場を見渡せば、まさに「ヒューマノイド博覧会」の様相を呈していました。
大手メーカーが存在感を示す一方で、中国新興ベンチャーが、「フィジカルAI」の波に乗って自社製ヒューマノイドや上半身ロボットを披露していました。 AMR(台車)の上に人型の上半身を載せて物流倉庫内を動き回るデモや、二足歩行で荷物を運ぶデモは、確かに未来を感じさせ、多くの来場者の足を止めていました。
しかし、現場の実装責任者としての視点で冷静に見ると、「これ、明日からウチの工場で使えますか?」という問いに対する答えは「No」と言わざるを得ません。 展示されている機体の多くは、タクトタイム(作業速度)、連続稼働の耐久性、そして何よりコストパフォーマンスの面で、既存の専用機や産業用ロボットに遠く及びません。 あくまで「研究開発」フェーズの成果発表や、自社の技術力を誇示するための「参考出典」レベルに留まっているものが大半です。
「展示会映え」する派手なパフォーマンスの裏で、泥臭い製造・物流現場が求める「安くて、速くて、壊れない」という実利的な要求に応えられるヒューマノイドが登場するには、もう少し時間が必要なようです。
■ 3K職場を救う「遠隔操作」の実装 ~「行かなくていい」が採用を変える~
AIによる完全自動化が「王道」だとすれば、もう一つの現実的な解として今回完全に定着したのが「遠隔操作(テレオペレーション)」です。 2023年の前回展では「未来の技術」として実験的な展示が目立ちましたが、通信速度の向上と低遅延技術の確立により、今回は明らかに「実用フェーズ」に入りました。
その象徴と言えるのが、高丸工業が展示していた「WELDEMOTO」などのソリューションです。 ここでターゲットになっているのは、「AIによる完全自動化は難易度が高すぎるが、人間が生身で行うには過酷すぎる」という領域、いわゆる「3K(きつい・汚い・危険)」職場です。
鋳造現場の「ノロ取り」: 1000度を超える炉の前での高熱・粉塵作業は、若手のなり手がいない筆頭です。しかし、これを冷房の効いた安全な部屋からジョイスティックで操作できれば、採用のハードルは劇的に下がります。
大型金属部品の加工(切断・研磨): グラインダー作業特有の激しい振動や騒音は、作業者の健康被害(白蝋病など)のリスクと隣り合わせです。ロボット越しに作業することで、身体的負荷をゼロにできます。
リモート溶接: 熟練工が作業着ではなくスーツを着て、快適なオフィスから遠く離れた工場の溶接を行う。そんな「製造業のリモートワーク」が現実味を帯びてきました。
また、力覚フィードバック技術により、ロボットが掴んだ「硬さ」や「重さ」の感覚がそのままオペレーターの手に伝わるデモも行われていました。これにより、繊細な力加減が必要な作業すら遠隔化が可能になります。
「完全自動化は無理だが、人は行きたくない」。 そんな現場の切実な悲鳴に対し、AIに全てを丸投げするのではなく、「人の技(スキル)だけを、安全な場所から現場に届ける」というアプローチは、人手不足解消の即効性ある手段として、今後急速に普及していくことは間違いありません。
会場であるベンチャー企業が語っていたAI×ロボットの「未来のビジネスモデル」の話が非常に示唆に富んでいたので、共有します。
彼らは、「ロボットを人が遠隔操作する真の目的は、単なる作業代行だけではない」と言います。 世界中の工場にロボットを配置し、現地の作業員がそれを遠隔操作で動かす。その膨大な操作ログこそが、AIにとっての「良質な学習データ(正解データ)」になるというのです。
人がロボットを動かす時間は「労働」ではなく「AIへの教育(ティーチング)」となり、そうして蓄積された「デジタル化された技能(スキルデータ)」こそが、ハードウェア以上に価値ある商品として売買される未来を描いていました。
「ロボットを入れる」から「ロボットでデータを採る」へ。 2025年のiREXは、製造業の価値の源泉が「モノ」から「データ(技能)」へと完全にシフトし始めたことを告げる、象徴的な展示会だったと言えるでしょう。
3. 物流・倉庫業界の「爆発的ニーズ」と「価格破壊」
華やかな未来技術が並ぶホールとは対照的に、物流・倉庫エリアは、ある種異様な「切実な熱気」に包まれていました。ここにあるのは「夢」ではなく、「明日の出荷をどうにかしたい」「人がいなさすぎてラインが止まる」という、現場からの悲鳴にも似たニーズです。
■ 「積む・運ぶ」の徹底的な自動化:難易度の壁を越えた
会場を歩いて驚かされたのは、パレタイズ(荷積み)、デパレタイズ(荷下ろし)、そしてピースピッキングの展示数が異常なほど多かったことです。 以前であれば「同じサイズのダンボールを積む」だけの単純なデモが多かったのですが、今回はレベルが違います。 AIビジョンを駆使して「サイズ違いの箱がランダムに混載されたパレット」から荷下ろしをするデモや、物流現場特有の「カゴ車(ロールボックスパレット)への積み込み」といった、これまで自動化が難しかった領域への提案が目立ちました。 「2024年問題」以降、待ったなしの状況にある物流業界に対し、メーカー側も「実戦投入可能」なレベルまで技術を引き上げてきた印象です。
■ 中国・海外勢の攻勢と価格破壊
そして、このエリアで無視できないのが、中国系メーカーを中心とした圧倒的なコストパフォーマンスです。もはや「安かろう悪かろう」の時代は終わりました。
AGV/AMR(搬送ロボット)のコモディティ化: 会場の床を埋め尽くすように走っていた搬送ロボットですが、ハードウェアとしては完全にコモディティ化しています。驚くような低価格で「A地点からB地点へ運ぶ」という機能が手に入るようになり、導入のハードルは劇的に下がっています。
協働ロボットの価格破壊: 最も衝撃的だったのは、エンドユーザー価格で50万円台という協働ロボットの登場です。 日本メーカー製が高機能化・高価格化する一方で、「そこまでのAIはいらない。単純にワークを動かしたいだけ」という層に対し、この価格帯は強烈に刺さります。中小企業の現場では、これらが最適解になるケースも多いでしょう。
溶接パッケージの民主化: 物流だけでなく、製造エリアでも価格破壊は起きています。 以前ならシステム全体で1000万円コースだった溶接自動化が、中国製ロボットと安価な溶接機のパッケージ製品により、数百万円台で導入可能になっています。 「高嶺の花」だったロボット溶接が、町工場でも手の届くツールになった。この事実は、日本の製造業の裾野を広げる大きなチャンスと言えます。
4. 個人的に唸らされた「尖った」現場ソリューション
最後に、個人的に「これは面白い!」「現場の常識を変える」と感じた展示を2つ紹介します。
■ ダイヘン:レール不要の「移動溶接」
ダイヘンの展示は毎回面白いですが、今回は「AMR × 協働ロボット溶接」の組み合わせが秀逸でした。
超大型のワーク(構造物)を溶接する場合、従来はロボットを走らせるための長い走行レールを敷設する必要がありました。
しかし今回の展示では、AMRが自律的に移動し、位置補正を行いながら溶接していくデモを披露。
「ワークが大きすぎて設備が入らない」と諦めていた現場でも、これなら導入できる可能性があります。精度や安全性の面で要検討事項はありますが、固定設備の呪縛から解き放たれるワクワクするアイデアでした。
■ 北川鉄工所:「Tナットプラス」が変える段取りの常識
一見地味ですが、現場のプロが最も「おっ」となるのが北川鉄工所です。
特に注目すべきは「Tナットプラス」です。
ロボットハンドの爪(ジョー)交換を自動化しようとすると、従来はシュンクジャパンの「クイックジョーチェンジ」のような特殊かつ高価なチャックに総入れ替えする必要がありました。
しかし、このTナットプラスを使えば、今使っている標準的なチャックのまま、爪の自動交換が可能になります。
爪を変えても位置がズレないため、面倒な調整なしですぐに次の生産に入れます。
これは、多品種少量生産で頻繁に段取り替えが発生する中小企業の現場にとって、極めてROI(費用対効果)の高いソリューションです。
4. 総括:データを制する者が製造業を制する
~「モノ」から「技能(スキル)」へ。価値の転換点に立つ~
最後に、今回の2025国際ロボット展(iREX)全体を貫く巨大な潮流と、我々が持ち帰るべき「宿題」についてお話しします。
■ ロボットは「主役」から「インターフェース」へ
冒頭でも触れましたが、今回の展示会で最も衝撃的だった事実は、「ロボットというハードウェア自体の進化は、実はほとんどなかった」ということです。 モーターが劇的に小さくなったわけでも、アームの動きが目に見えて速くなったわけでもありません。 しかし、その意味合いは劇的に変わりました。ロボットはもはや、単独で動く自動機ではなく、「AIという巨大な知能が、物理世界(フィジカル)に干渉するための手足(インターフェース)」へと再定義されたのです。
■ 「技能(スキル)」が売買される未来
会場で聞いた、ある企業の将来構想が脳裏から離れません。 その企業は来年、海外に大きな工場を建てる計画ですが、そこで行われるのは単なる大量生産ではありません。 「自社のロボットを現地の作業員に操作させ、その動きを全てログとして吸い上げる。そして、集めた膨大な『作業データ』をAIに学習させ、最終的にはその『技能(スキル)』そのものを外販するビジネスモデルを作る」と語っていました。
これは何を意味するのでしょうか? それは、製造業の戦い方が「優れた製品を作って売る」ことから、「現場の熟練技能をデジタルデータ化し、AIという資産に変えて売る」ことへとシフトし始めたことを示唆しています。 人がロボットを遠隔操作する時間は、単なる労働ではなく、「AIへの教育(ティーチング)」という価値ある時間に変わるのです。
■ 「高機能AI」と「激安ハード」の二極化
一方で、足元の現実を見れば、市場は完全に二極化しています。 片や、FANUCのような大手メーカーのように、最先端のAIを搭載して「職人の勘所」まで再現しようとするハイエンドな世界。 片や、AI機能はそこそこでいいから、とにかく安く・大量に導入できる中国製ロボットやパッケージ製品の世界。
経営者の皆様は、この両極端な選択肢の前で、冷静な判断を迫られています。 全てをAI化する必要はありません。単純な搬送作業なら50万円のロボットで十分です。しかし、会社のコアとなる「匠の技」や、3K現場の「人手不足解消」には、コストを掛けてでも最新のAIや遠隔操作技術を導入し、データを蓄積する価値があります。
■ 結びに
2025年のiREXは、「AIの魔法」と「現場の悲鳴」が交差する、かつてない熱量を持った展示会でした。 ヒューマノイドが歩き回る未来にワクワクしつつも、足元では北川鉄工所のような「渋い」治具技術で稼働率を上げ、海外製の安いロボットで人手不足を埋める。 そんな「したたかなハイブリッド戦略」こそが、これからの不確実な時代を生き抜く鍵になると確信しています。
「AIなんてウチには関係ない」と通り過ぎるか、それとも「この安いロボットに、ウチの職人の技を覚え込ませたらどうなるか?」と一歩踏み出すか。 その意識の差が、5年後の企業の姿を決定づけるでしょう。
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今回は私、徳竹が東ホールから西ホールまで足を棒にして歩き回り、メーカー担当者に突撃インタビューをしてきた内容を余すことなくお伝えします。
今回の視察を通じて強く感じたのは、ロボットはもはや「プログラム通りに動く機械」ではなく、「AIが物理世界(フィジカル)に干渉するためのインターフェース」になりつつあるということです。
会場全体を見渡すと、正直なところ、機構やモーターといった「ロボット単体」のハードウェア的な目新しさは、前回(2023年)と比べてもほとんどありませんでした。
しかし、その中身(ソフトウェア・知能)は別次元の進化を遂げています。
本レポートでは、AIの熱狂から物流現場の泥臭い実利、そして「渋い」周辺機器の革新まで、忖度なしの「現場のリアル」をお届けします。
1. 「脳」の進化が、常識を覆す
まず衝撃を受けたのは、AIとロボット制御の融合レベルです。
■ FANUC:Physical AIによる「スキル」の伝承
FANUCのブースでは、NVIDIAとの協業によって実現した、単なる生成AI連携を超えた「Physical AI」の概念が提示されていました。
これまでの産業用ロボットは「プログラム通りに動く」ことしかできず、ワークの公差や微妙なズレで嵌合(かんごう)に失敗すると、即座にエラー停止してしまうのが常識でした。これが現場における「チョコ停」の主因であり、自動化の壁でもありました。
しかし、今回展示された最新のAI搭載機は、「失敗からリカバリーする方法」を自律的に考えます。 その裏側にあるのは、デジタルツイン(仮想空間)での膨大な試行錯誤です。 ロボットはサイバー空間内で何千、何万回ものシミュレーションを超高速で行い、「どう動かせば上手く入るか?」という正解を探索します。その過程で、熟練工が無意識に行っている「カン・コツ(例:挿入がきつい時は、少し力を抜いてグリグリと回しながら押し込む、など)」をロボットが自ら獲得し、その学習済みのスキルモデルを実機に転送して実行するのです。
人間がコードを書いて教えるのではなく、ロボットが自ら試行錯誤して最適解を見つける。まさに「ロボットがスキルを習得し、職人の技を継承する」時代の到来を強烈に感じさせる展示でした。
■ Eureka Robotics:”見えない・掴めない”を攻略
AIビジョンベンチャーのEureka Roboticsは、さらに実践的な課題解決を見せてくれました。
従来のバラ積みピッキングでは、「互いに絡まってしまうワーク」や「照明を反射する光沢ワーク」、「背景と同化する黒色ワーク」は検出が難しく、敬遠されがちでした。
しかし彼らのAIは、これらを高精度に認識するだけでなく、「どう動かせば絡まりが解けるか」まで自律的に判断してピッキングを行います。
2. 【トレンド】ヒューマノイドの「夢」と遠隔操作の「現実」
■ ヒューマノイドは「展示会映え」止まりか?
今回のiREXで最も視覚的なインパクトを与えていたのは、間違いなくヒューマノイド(人型ロボット)でしょう。会場を見渡せば、まさに「ヒューマノイド博覧会」の様相を呈していました。
大手メーカーが存在感を示す一方で、中国新興ベンチャーが、「フィジカルAI」の波に乗って自社製ヒューマノイドや上半身ロボットを披露していました。 AMR(台車)の上に人型の上半身を載せて物流倉庫内を動き回るデモや、二足歩行で荷物を運ぶデモは、確かに未来を感じさせ、多くの来場者の足を止めていました。
しかし、現場の実装責任者としての視点で冷静に見ると、「これ、明日からウチの工場で使えますか?」という問いに対する答えは「No」と言わざるを得ません。 展示されている機体の多くは、タクトタイム(作業速度)、連続稼働の耐久性、そして何よりコストパフォーマンスの面で、既存の専用機や産業用ロボットに遠く及びません。 あくまで「研究開発」フェーズの成果発表や、自社の技術力を誇示するための「参考出典」レベルに留まっているものが大半です。
「展示会映え」する派手なパフォーマンスの裏で、泥臭い製造・物流現場が求める「安くて、速くて、壊れない」という実利的な要求に応えられるヒューマノイドが登場するには、もう少し時間が必要なようです。
■ 3K職場を救う「遠隔操作」の実装 ~「行かなくていい」が採用を変える~
AIによる完全自動化が「王道」だとすれば、もう一つの現実的な解として今回完全に定着したのが「遠隔操作(テレオペレーション)」です。 2023年の前回展では「未来の技術」として実験的な展示が目立ちましたが、通信速度の向上と低遅延技術の確立により、今回は明らかに「実用フェーズ」に入りました。
その象徴と言えるのが、高丸工業が展示していた「WELDEMOTO」などのソリューションです。 ここでターゲットになっているのは、「AIによる完全自動化は難易度が高すぎるが、人間が生身で行うには過酷すぎる」という領域、いわゆる「3K(きつい・汚い・危険)」職場です。
鋳造現場の「ノロ取り」: 1000度を超える炉の前での高熱・粉塵作業は、若手のなり手がいない筆頭です。しかし、これを冷房の効いた安全な部屋からジョイスティックで操作できれば、採用のハードルは劇的に下がります。
大型金属部品の加工(切断・研磨): グラインダー作業特有の激しい振動や騒音は、作業者の健康被害(白蝋病など)のリスクと隣り合わせです。ロボット越しに作業することで、身体的負荷をゼロにできます。
リモート溶接: 熟練工が作業着ではなくスーツを着て、快適なオフィスから遠く離れた工場の溶接を行う。そんな「製造業のリモートワーク」が現実味を帯びてきました。
また、力覚フィードバック技術により、ロボットが掴んだ「硬さ」や「重さ」の感覚がそのままオペレーターの手に伝わるデモも行われていました。これにより、繊細な力加減が必要な作業すら遠隔化が可能になります。
「完全自動化は無理だが、人は行きたくない」。 そんな現場の切実な悲鳴に対し、AIに全てを丸投げするのではなく、「人の技(スキル)だけを、安全な場所から現場に届ける」というアプローチは、人手不足解消の即効性ある手段として、今後急速に普及していくことは間違いありません。
会場であるベンチャー企業が語っていたAI×ロボットの「未来のビジネスモデル」の話が非常に示唆に富んでいたので、共有します。
彼らは、「ロボットを人が遠隔操作する真の目的は、単なる作業代行だけではない」と言います。 世界中の工場にロボットを配置し、現地の作業員がそれを遠隔操作で動かす。その膨大な操作ログこそが、AIにとっての「良質な学習データ(正解データ)」になるというのです。
人がロボットを動かす時間は「労働」ではなく「AIへの教育(ティーチング)」となり、そうして蓄積された「デジタル化された技能(スキルデータ)」こそが、ハードウェア以上に価値ある商品として売買される未来を描いていました。
「ロボットを入れる」から「ロボットでデータを採る」へ。 2025年のiREXは、製造業の価値の源泉が「モノ」から「データ(技能)」へと完全にシフトし始めたことを告げる、象徴的な展示会だったと言えるでしょう。
3. 物流・倉庫業界の「爆発的ニーズ」と「価格破壊」
華やかな未来技術が並ぶホールとは対照的に、物流・倉庫エリアは、ある種異様な「切実な熱気」に包まれていました。ここにあるのは「夢」ではなく、「明日の出荷をどうにかしたい」「人がいなさすぎてラインが止まる」という、現場からの悲鳴にも似たニーズです。
■ 「積む・運ぶ」の徹底的な自動化:難易度の壁を越えた
会場を歩いて驚かされたのは、パレタイズ(荷積み)、デパレタイズ(荷下ろし)、そしてピースピッキングの展示数が異常なほど多かったことです。 以前であれば「同じサイズのダンボールを積む」だけの単純なデモが多かったのですが、今回はレベルが違います。 AIビジョンを駆使して「サイズ違いの箱がランダムに混載されたパレット」から荷下ろしをするデモや、物流現場特有の「カゴ車(ロールボックスパレット)への積み込み」といった、これまで自動化が難しかった領域への提案が目立ちました。 「2024年問題」以降、待ったなしの状況にある物流業界に対し、メーカー側も「実戦投入可能」なレベルまで技術を引き上げてきた印象です。
■ 中国・海外勢の攻勢と価格破壊
そして、このエリアで無視できないのが、中国系メーカーを中心とした圧倒的なコストパフォーマンスです。もはや「安かろう悪かろう」の時代は終わりました。
AGV/AMR(搬送ロボット)のコモディティ化: 会場の床を埋め尽くすように走っていた搬送ロボットですが、ハードウェアとしては完全にコモディティ化しています。驚くような低価格で「A地点からB地点へ運ぶ」という機能が手に入るようになり、導入のハードルは劇的に下がっています。
協働ロボットの価格破壊: 最も衝撃的だったのは、エンドユーザー価格で50万円台という協働ロボットの登場です。 日本メーカー製が高機能化・高価格化する一方で、「そこまでのAIはいらない。単純にワークを動かしたいだけ」という層に対し、この価格帯は強烈に刺さります。中小企業の現場では、これらが最適解になるケースも多いでしょう。
溶接パッケージの民主化: 物流だけでなく、製造エリアでも価格破壊は起きています。 以前ならシステム全体で1000万円コースだった溶接自動化が、中国製ロボットと安価な溶接機のパッケージ製品により、数百万円台で導入可能になっています。 「高嶺の花」だったロボット溶接が、町工場でも手の届くツールになった。この事実は、日本の製造業の裾野を広げる大きなチャンスと言えます。
4. 個人的に唸らされた「尖った」現場ソリューション
最後に、個人的に「これは面白い!」「現場の常識を変える」と感じた展示を2つ紹介します。
■ ダイヘン:レール不要の「移動溶接」
ダイヘンの展示は毎回面白いですが、今回は「AMR × 協働ロボット溶接」の組み合わせが秀逸でした。
超大型のワーク(構造物)を溶接する場合、従来はロボットを走らせるための長い走行レールを敷設する必要がありました。
しかし今回の展示では、AMRが自律的に移動し、位置補正を行いながら溶接していくデモを披露。
「ワークが大きすぎて設備が入らない」と諦めていた現場でも、これなら導入できる可能性があります。精度や安全性の面で要検討事項はありますが、固定設備の呪縛から解き放たれるワクワクするアイデアでした。
■ 北川鉄工所:「Tナットプラス」が変える段取りの常識
一見地味ですが、現場のプロが最も「おっ」となるのが北川鉄工所です。
特に注目すべきは「Tナットプラス」です。
ロボットハンドの爪(ジョー)交換を自動化しようとすると、従来はシュンクジャパンの「クイックジョーチェンジ」のような特殊かつ高価なチャックに総入れ替えする必要がありました。
しかし、このTナットプラスを使えば、今使っている標準的なチャックのまま、爪の自動交換が可能になります。
爪を変えても位置がズレないため、面倒な調整なしですぐに次の生産に入れます。
これは、多品種少量生産で頻繁に段取り替えが発生する中小企業の現場にとって、極めてROI(費用対効果)の高いソリューションです。
4. 総括:データを制する者が製造業を制する
~「モノ」から「技能(スキル)」へ。価値の転換点に立つ~
最後に、今回の2025国際ロボット展(iREX)全体を貫く巨大な潮流と、我々が持ち帰るべき「宿題」についてお話しします。
■ ロボットは「主役」から「インターフェース」へ
冒頭でも触れましたが、今回の展示会で最も衝撃的だった事実は、「ロボットというハードウェア自体の進化は、実はほとんどなかった」ということです。 モーターが劇的に小さくなったわけでも、アームの動きが目に見えて速くなったわけでもありません。 しかし、その意味合いは劇的に変わりました。ロボットはもはや、単独で動く自動機ではなく、「AIという巨大な知能が、物理世界(フィジカル)に干渉するための手足(インターフェース)」へと再定義されたのです。
■ 「技能(スキル)」が売買される未来
会場で聞いた、ある企業の将来構想が脳裏から離れません。 その企業は来年、海外に大きな工場を建てる計画ですが、そこで行われるのは単なる大量生産ではありません。 「自社のロボットを現地の作業員に操作させ、その動きを全てログとして吸い上げる。そして、集めた膨大な『作業データ』をAIに学習させ、最終的にはその『技能(スキル)』そのものを外販するビジネスモデルを作る」と語っていました。
これは何を意味するのでしょうか? それは、製造業の戦い方が「優れた製品を作って売る」ことから、「現場の熟練技能をデジタルデータ化し、AIという資産に変えて売る」ことへとシフトし始めたことを示唆しています。 人がロボットを遠隔操作する時間は、単なる労働ではなく、「AIへの教育(ティーチング)」という価値ある時間に変わるのです。
■ 「高機能AI」と「激安ハード」の二極化
一方で、足元の現実を見れば、市場は完全に二極化しています。 片や、FANUCのような大手メーカーのように、最先端のAIを搭載して「職人の勘所」まで再現しようとするハイエンドな世界。 片や、AI機能はそこそこでいいから、とにかく安く・大量に導入できる中国製ロボットやパッケージ製品の世界。
経営者の皆様は、この両極端な選択肢の前で、冷静な判断を迫られています。 全てをAI化する必要はありません。単純な搬送作業なら50万円のロボットで十分です。しかし、会社のコアとなる「匠の技」や、3K現場の「人手不足解消」には、コストを掛けてでも最新のAIや遠隔操作技術を導入し、データを蓄積する価値があります。
■ 結びに
2025年のiREXは、「AIの魔法」と「現場の悲鳴」が交差する、かつてない熱量を持った展示会でした。 ヒューマノイドが歩き回る未来にワクワクしつつも、足元では北川鉄工所のような「渋い」治具技術で稼働率を上げ、海外製の安いロボットで人手不足を埋める。 そんな「したたかなハイブリッド戦略」こそが、これからの不確実な時代を生き抜く鍵になると確信しています。
「AIなんてウチには関係ない」と通り過ぎるか、それとも「この安いロボットに、ウチの職人の技を覚え込ませたらどうなるか?」と一歩踏み出すか。 その意識の差が、5年後の企業の姿を決定づけるでしょう。
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