記事公開日:2025.05.12
最終更新日:2025.05.12
印刷・製本業界の次世代戦略:DXで実現する“脱・下請け”と高付加価値経営

いつもコラムをご愛読いただきありがとうございます。
船井総合研究所の熊谷です。
斜陽産業と呼ばれている印刷業、製本業において、今までの取り組みだけではなく、特にコスト削減による利益確保が急務となっています。
さらにデジタル化の波、原材料価格の高騰、そして小ロット・多品種化への要求など、印刷・製本業界を取り巻く環境は厳しさを増しています。
特に、大手印刷会社や出版社からの受注に依存する従来の下請け構造では、利益確保がますます困難になっていると感じる経営者の方も多いのではないでしょうか。
しかし、このような時代だからこそ、旧来のビジネスモデルを見つめ直し、変革を推進することで、新たな成長機会を掴むことが可能です。
本記事では、印刷・製本業の中小企業が、DX(デジタルトランスフォーメーション)を駆動力として“脱・下請け”を果たし、高付加価値な事業モデルへと転換するための具体的な戦略を探ります。
【この記事のターゲット読者】
印刷業および製本業の中小企業の経営者や経営企画担当者で、現状のビジネスモデル(特に大手印刷会社や出版社の“下請け”としての立ち位置)に課題を感じており、事業再構築やDXを通じた変革に関心がある方。
印刷・製本業界における「下請け」構造の課題
長年にわたり、印刷・製本業界では、大手出版社や大手印刷会社を頂点とした分業体制、すなわち下請け構造が一般的でした。
この構造は、安定した仕事量を確保できるというメリットがあった一方で、以下のような構造的な課題を抱えています。
- 価格交渉力の弱さ:発注元からのコストダウン要求は厳しく、適正な加工料金を提示・維持することが難しい。結果、技術や品質に見合った収益を上げにくい状況にあります。
- 情報格差と提案機会の喪失:最終的な顧客ニーズや市場トレンドに関する情報が限定的で、自社から積極的に企画提案を行う機会が少ない。これにより、独自の強みを活かした価値創造が阻害されがちです。
- 収益性の低い業務への偏り:価格競争が激しい標準的な印刷・製本業務に集中しやすく、高付加価値な特殊加工や小ロット案件への対応が遅れることがあります。
- 「待ち」の経営体質:仕事が来るのを待つ受け身の経営になりやすく、市場の変化に能動的に対応していく力が育ちにくい側面があります。
- 利益構造の不透明さ:特に多工程にわたる製本業務などでは、案件ごとの正確な原価把握が難しく、どの仕事が本当に利益に貢献しているのかが見えづらいケースも散見されます。
これらの課題は、企業の持続的な成長や、新たな市場ニーズへの対応を難しくしています。
戦略転換:「ダイレクト顧客」と「高付加価値製本」へのシフト
下請け構造から脱却し、収益性を高めるための鍵は、事業の軸足を「ダイレクトな顧客との関係構築」と「高付加価値な製本・加工サービスの提供」へとシフトすることです。
これは、従来の印刷会社経由の受注だけでなく、出版社、デザイン事務所、一般企業、さらには個人といった最終顧客と直接取引を拡大し、自社が主体となって企画提案から納品までを一貫して手がける「元請け」としてのポジションを目指すことを意味します。
特に、技術力を要する製本加工は利益率も高く、戦略の核となり得ます。
この戦略転換がもたらす主なメリットは以下の通りです。
- 利益率の大幅改善:中間マージンを排除し、自社の技術やサービスに見合った価格で直接販売することで、収益性を高めることができます。
- 多様な顧客ニーズへの対応:顧客と直接対話することで、細かな要望や潜在的なニーズを汲み取り、きめ細やかなサービス提供や新たな商品開発に繋げられます。
- 独自の強みの発揮:特殊な製本技術、小ロット対応力、短納期対応、環境対応印刷など、自社の強みを直接アピールし、価格以外の価値で選ばれる存在を目指せます。
- 事業の安定化と成長:特定の取引先に依存するリスクを分散し、多様な顧客基盤を構築することで、経営の安定化と持続的な成長が期待できます。
この変革を実現するためには、従来の生産体制の見直しに加え、マーケティング・営業力の強化、そして新たな顧客体験を提供する仕組みづくりが不可欠です。
DX:印刷・製本業の変革を加速するエンジン
この事業モデル変革を力強く推進するのがDXです。
印刷・製本業においてDXは、単なる業務効率化ツールではなく、新たな価値創造とビジネスモデル変革を実現するための戦略的手段となります。
精緻な原価管理と利益の「見える化」:
案件ごと、工程ごとに材料費、労務費、機械稼働時間などを正確に把握・分析できるシステムを導入することで、ブラックボックス化しがちなコスト構造を透明化します。 これにより、個々の案件の採算性を正確に評価し、適正な見積もり作成や価格交渉に役立てることができます。
「どの製本方法が一番利益率が高いのか」「どの顧客層が収益に貢献しているのか」といったデータに基づいた戦略的な意思決定が可能になります。
新たな顧客獲得チャネルの構築:
自社の技術や実績を紹介する魅力的なウェブサイトの構築、オンライン見積もりシステムの導入、SNSやコンテンツマーケティングによる情報発信など、デジタルツールを活用して新規顧客との接点を創出します。
Web to Printの仕組みを導入し、小ロットの注文やパーソナライズされた印刷物の受注を自動化することも有効です。
生産プロセスの最適化と自動化:
受注から製造指示、進捗管理、品質管理、納品までの一連のワークフローをデジタルで一元管理し、情報共有の迅速化と手戻りの削減を図ります。
MIS(経営情報システム)やERP(統合基幹業務システム)を導入し、生産計画の精度向上、資材調達の最適化、在庫管理の効率化などを実現します。
RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などを活用し、定型的な事務作業を自動化することで、従業員が付加価値の高い業務に集中できる環境を整えます。
DXは、経験や勘に頼った経営から脱却し、データに基づいた客観的で迅速な意思決定を可能にする、まさに「DX経営」への転換を促します。
変革実現へのロードマップ:印刷・製本業版
印刷・製本業が“脱・下請け”と高付加価値経営を実現するためのDX推進は、以下のステップで進めることが考えられます。
1.現状把握と課題の明確化:まず、自社の強み・弱み、現在の取引構造、案件ごとの収益性を徹底的に分析します。特に、製本加工における工程別の実際にかかったコストや、印刷物の種類別利益率などを正確に把握することが重要です。
2.目指す事業モデルの具体化と戦略立案:どのような顧客層に、どのような高付加価値な印刷・製本サービスを直接提供していくのかを明確にし、そのための具体的な事業戦略(例:特殊製本技術の強化、小ロット高品質市場への注力、Webを通じたダイレクト販売チャネルの構築など)を策定します。
3.DX基盤の整備とスモールスタート:原価管理システムの導入や顧客管理システム(CRM)の整備など、データ活用のための基盤を整えます。最初から大規模なシステム導入を目指すのではなく、特定の課題解決に繋がる領域からスモールスタートし、効果を検証しながら段階的に対象を広げていくことが成功の秘訣です。
4.実行体制の構築と人材育成:社長直轄のDX推進チームを設置し、外部の専門家の支援を受けながら、全社的にDXへの理解を深め、必要なスキルを習得していく体制を整えます。
このプロセスでは、経営層の強いリーダーシップと、変化を恐れず挑戦する企業文化の醸成が不可欠です。
おわりに
印刷・製本業界は、大きな変革期を迎えています。
しかし、変化は新たなチャンスでもあります。
従来の下請け構造から一歩踏み出し、自社の技術力と創造性を最大限に活かして顧客と直接繋がることで、価格競争から脱却し、より高い収益性と成長性を実現することが可能です。
その変革の実現には、DXという強力な武器を戦略的に活用することが鍵となります。この記事が、貴社が未来を切り拓くためのヒントとなれば幸いです。
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