記事公開日:2026.01.13
最終更新日:2026.01.13
1名から20名超へ!老舗のDX人材育成術

1. DX成功の鍵は「人」と「マインドセット」:DXに求められる5つの柱
現在、多くの企業様がDX推進に取り組まれていますが、いくつかの共通した課題に直面しています。例えば、システムやツールを導入したものの、使いこなせる社員が一部に限られている という現状です。また、現場からは「これって何でやるんですか」といった 反発や疑問の声
が聞こえてきたり、プロジェクトが途中で頓挫してしまったり、優秀なデジタル人材の採用ができないというお悩みも多く聞かれます。
これらの課題を解決し、DXを成功に導くための鍵は、単なるツール導入ではなく、「人」と「マインドセット」にあります。DXとは、デジタル技術を活用することで、社員一人ひとりに「当事者意識」持続的な成長が生み出されることを目指す取り組みだからです。
経済産業省のデジタルガバナンス・コード3.0では、DX経営に求められる5つの柱が定義されています。一つ目は「経営ビジョン・ビジネスモデルの策定」。二つ目は「DX戦略の策定」。三つ目は「DX戦略の推進」であり、その中核には「組織づくり」「デジタル人材の育成・確保」「ITシステム・サイバーセキュリティ」が含まれます。そして四つ目が「成果目標の設定・DX戦略の見直し」、五つ目が「ステークホルダーとの対話」になります。
本レポートでは、この中でも特に重要となる「デジタル人材の育成・確保」に焦点を当て、株式会社フジワラテクノアート様の具体的な成功事例を通じて、社員が自主的に学び、社内DX人材が増加したその手法を詳しくご紹介いたします。
1-1. DX推進の障壁は「使いこなせない」ことと「なぜやるのか」という声
DX推進を阻む障壁は多岐にわたりますが、代表的なものとして、まずDX推進人材の不足が挙げられます。しかし、実際に取り組んでみると、社内には人材がいるにもかかわらず、経営陣やDX推進者自身の決めつけによってその可能性が摘まれているケースがあります。また、業務が非常に大変であるにもかかわらず、その取り組みが義務感や強制によるものだと、社員のモチベーションが低下し、辛い作業となってしまいます。
1-2. DX成功には社員の「当事者意識」の醸成が不可欠
DXのプロジェクトを成功させるには、社員が「自分ごと」として取り組み、主体性を持って推進することが不可欠です。そのためには、経営者が「何のためにやるのか」というDXの目的を明確にし、 デジタル活用する未来を楽しみに、前向きに取り組める ような環境を作ることが非常に重要になります。この環境作りこそが、持続的な成長を生むための鍵となります。
2.フジワラテクノアートのDX戦略:ビジョン実現の手段としてのDX
DX推進の成功事例として、創業92年の歴史を持つ老舗企業、株式会社フジワラテクノアート様の取り組みをご紹介いたします。同社は、主に日本酒、焼酎、味噌、醤油などの醸造用の機械の設計・製造・販売を行っており、麹(こうじ)づくりの機械では国内で80%のシェアを持っています。
同社は、老舗企業でありながら、2022年に日本DX大賞、2023年にDXセレクショングランプリを受賞するなど、DX推進を積極的に行っています。同社の成功の根底にあるのは、DXを単なるIT導入とは捉えず、「ビジョン実現の手段」として明確に位置づけたことにあります。
同社は、2050年に向けた長期ビジョンとして、これまでの醸造機械メーカーの枠を超え、「微生物のチカラを高度に利用するものづくり(微生物インダストリー)」を推進し、食糧、飼料、エネルギーなどの多様な市場を開拓するという目標を掲げています。DXは、このビジョンを達成するために、デジタル技術を活用して、社員の「マインドセットを未来志向に進化」させ、企業の持続的な発展を目指す取り組みであると定義されています。
2-1. ビジョン実現に向けた全社委員会体制の構築
ビジョンを策定したことで、同社は「個の経験を全社で共有し、組織として対応する基盤」が必要であるという課題が見えてきました。この課題を解決するため、技術イノベーションや業務革新、人材育成、そしてDX推進委員会といった全社横断の委員会を立ち上げました。DX推進委員会は2019年1月に発足し、今も月1回の定例会を継続しています。
この委員会の役割は、あるべき姿に向けた全体最適、全社一気通貫の業務フローの検討、データ基盤の整備、デジタル技術・システムの導入・定着、情報セキュリティ対策など多岐にわたります。
2-2. 過去のしがらみから脱却する強い意志
同社がDXを成功させた大きな要因の一つは、過去のしがらみからの脱却に強い意志を持てた点です。特にベテラン社員からは「なぜ今更新しいことをやるのか」という反発もあったようですが、経営陣はDXをビジョン達成の必須条件として伝え続けました。
委員会は、まず現状の業務プロセスを可視化し、非効率な部分や不満点を全社員から募りました。その結果、約100項目の課題が見つかり、ビジョンの実現に向けた優先順位をつけてロードマップを描き、3年間で21個のITツール・システム導入へとつなげています。
3.DX人材育成の好循環を生む仕組み:「手ごたえ」が「自発的な学び」へ
フジワラテクノアート様は、DX推進を通じて、 2018年に1人だったDX推進人材を、2025年4月現在までに16人 に増加させています。また、ICT分野(Python、生成AI、統計分析など)の 学習経験者はのべ36名 にも上ります。この驚異的な人材増加は、単なる研修制度によるものではなく、 「手ごたえ」が「自発的な学び」へとつながる好循環 を組織内で確立した結果になります。
この好循環は、DX実践と手ごたえを感じることから始まります。システム構築やツールの活用をやり遂げることで、社員は「自分たちでDXを推進したい」という当事者意識を持つようになります。その過程で、体系的なスキル習得の必要性を感じ、自ら学ぶ意欲が高まり、資格取得などに挑戦し始めます。そして、挑戦する社員の姿に周りが啓発され、さらに挑戦者が増えることで、デジタル人材が連鎖的に増加していきます。
3-1. 多様な人材による成功事例
同社のデジタル人材は、多様なバックグラウンドを持つ社員で構成されており、 4割が女性になります。例えば、元々IT経験が全くなかった元小売店勤務の女性社員は、DX推進委員会のメンバーとしてRPAを学び、多数のシナリオ作成やエラーを乗り越えた結果、現在では社内インストラクターとして活躍しています。さらに、ITパスポートやPythonの勉強にも自発的に取り組んでいます。
また、50代の男性社員も、AI技術開発という業務に直結する目標ができたことで、Pythonなどのプログラミングをゼロから習得し、杜氏をサポートするAI技術開発のリーダーへと成長しました。これらの事例から、業務の必要性や、目標と結びつけることが、年代や経験を問わず、社員の自発的な学習を促す強力な動機付けになることが分かります。
3-2. 学びが提案につながる積極的な行動
社内アンケートの結果からも、この好循環が裏付けられています。回答者の約半分が、デジタル化をきっかけに、チーム内のコミュニケーション改善、業務プロセスの改善提案、デジタルツールの自学といった新たな取り組みを自発的に実施していることが判明しています。さらに、ICT分野を学習した社員は、新たに提案や依頼をする行動と正の相関があり、学ぶことで気づきが増え、職場への積極的な働きかけにもつながっています。
4.内製化を支える組織設計と心理的安全性:障壁を乗り越える対話の力
DX推進を成功に導き、内製化体制を確立するためには、組織的な障壁を乗り越える工夫が必要になります。フジワラテクノアート様は、全社横断のDX推進委員会を中心に、自社主導で内製化を進めました。
委員会は、「報告会」ではなく、活発に議論を行う場として位置づけられています。常にビジョンに立ち返って議論を行うことが重要視されており、経営陣(役員)が参加することでスピーディな意思決定を可能にしています。一方で、役員は具体的な検討項目については見守り、支援するスタンスを貫き、現場の主体性を尊重しています。
DX推進の障壁の一つである組織・部門の壁を乗り越えるためには、まず現状業務の可視化を行い、部門間および経営者と現場の議論の土台を揃えることが重要です。さらに、多様な視点からの活発な議論ができるよう、「心理的安全の確保」が非常に重要になります。
4-1. 心理的な壁を打ち破る継続的な対話と支援
DX推進者が社内抵抗を恐れて推進を躊躇する、あるいは社員がDXを自分ごととしない「心理的な壁」は、継続的な対話で乗り越える必要があります。同社では、DXが必要な点を繰り返し伝えることに加え、現場が困ったときにいつでも相談できる環境を構築しました。
社内アンケートによると、デジタル化を進める上で課題に直面した社員の約半数が、同僚や上司に相談して解決しており、現場に近い立場のDX担当者や、日頃から意見交換しやすい関係性が、積極的に意見を出せる環境につながっています。また、ベテラン社員への支援においては、DXのメンバーが優しくサポートし、何度の同じことを聞かれても優しく教えるといった丁寧な対応も重要になります。
4-2. 全体最適を目指すリーダーシップの役割
DX推進リーダーは、経営者や各部の意見を聞きながらも、全体最適の観点から全体像を描いてリードする役割を担います。これは単なる「調整役」にとどまらず、全社で目指す方向性を揃えるためのロードマップを提示し、委員会の活発な議論を促す使命感が必要になります。
また、新しいシステムを導入する際、業務プロセスをゼロベースで再検討し、システムに合わせた業務改革への納得感を醸成することも不可欠です。これにより、従来の習慣の壁や前例踏襲から脱却し、全体最適を実現できます。
第5章 DX推進を継続させる秘訣:キャリアビジョンと外部評価の活用
DXを単発のプロジェクトで終わらせず、継続的な取り組みとして定着させるためには、組織全体の仕組みとして組み込むことが重要です。
まず、継続の壁を乗り越えるためには、経営者がDXを「ビジョンに向けた必須の手段」である点を伝え続け、重視し続けることが必要です。DX推進委員会のような横断的な組織で、検討課題と全体像の中の位置づけを提示し、毎月活発な議論を行うことで、メンバー・社員の参加意識と使命感が継続する仕組みを維持できます。
5-1. キャリアビジョンとDXを結びつける「個人別5か年ビジョン」
同社の事例で特筆すべきは、人材育成の好循環を回すための具体的な工夫として、「個人別5か年ビジョン」が設定されている点です。
これは、個人別に5年後のビジョン(担うべき役割)成長計画を作成し、上長と共有する仕組みになります。この計画に基づき、社員はビジョン達成に向けて、資格取得や実務経験の蓄積を計画的に進めます。これにより、DX推進が個人のキャリア形成と会社の未来に直結し、「やらされ感」ではなく、ビジョンを持った前向きな取り組みとなるのです。
5-2. 外部評価の活用と費用に対する考え方
外部評価の活用も、DX推進を後押しする重要な要素になります。同社は、経済産業省のDXセレクショングランプリなどの外部評価を受けることで、自社の取り組みへの自信につながり、また社内に対しても「当社のDXの進め方は正しい」というメッセージを浸透させることができました。外部からの評価は、DX推進の後押しとなる心理的な効果もあります。
また、DX推進の費用については、「コストではなく、将来への投資と捉える」パッケージ(システム)に合わせていくという判断を行うことで、カスタマイズによるコスト増を抑制し、迅速な導入を実現しました。
最終的に、DX人材が増えることの最大のメリットは、「要件をまとめられる知見」失敗のリスクを減らせる点にあります。この好循環が回り続ければ、さらなるDXが進み、業務効率化、売上アップ、そして人財が集まる企業へと進化していくことができるのです。




